書評

2017年5月号掲載

心も満たす「和ビーガン」

――本道佳子『疲れた胃腸を元気にする 週末ビーガン野菜レシピ』

馬場典子

対象書籍名:『疲れた胃腸を元気にする 週末ビーガン野菜レシピ』
対象著者:本道佳子
対象書籍ISBN:978-4-10-350921-9

 小学校の給食ではおかわりの列に並び、大学では男子学生向けの丼ものも完食していた食いしん坊の私。旅行のガイドブックは、いつもグルメページからめくります。美味しいものをいただくことが何よりの楽しみで、一番のストレス発散法でもあります。
 それでよく誤解されるのですが、実は私は胃腸が強くありません。消化能力が低いらしく、レアのお肉は消化し切れず、サシの入ったA5のお肉は胃もたれします。収録の合間に急いでお弁当を掻き込むと、10分後には胃がまるでストを起こしたかのように固まり、しばらく痛くて動けません。
 社会人となったある日、小さい頃から油ものが苦手だった私が、奮発して天ぷら屋さんデビューしたときのこと。まず、揚げ物ばかりをお腹いっぱい、最後まで美味しく食べられたことに驚きましたが、もっと驚いたのは、翌朝。久しぶりに空腹で目が覚めたのです。油ものが悪かったのではなく、いい油かどうか、新鮮な油かどうかが大事なのだ、と身を以て知りました。
 そして四十代になると、食べものだけでなく、服の素材で肌の感触が変わったり、一晩夜更かししたら回復するのに一週間かかったり......なんて経験もして、量より質という意味、体を労る大切さが身に沁みてきました。
 本道佳子さんに初めてお会いしたのは、そんな、色んなことの本質がちょっと見え始めたとき。ジャンルを問わず好奇心が旺盛なところ、自分自身が体験・体感することに面白みを感じているところ、人が喜んでくれると嬉しいところ、そして、美味しいものを頂くのが大好きなところ。なんだか同じにおいがして嬉しかったことを覚えています。
 なんと佳子さんは、高校生ですでに「世界のお母さんになろう」と心に決めていたそう。そして、25歳のときに、世界中の人が集まり、世界中のお母さんの料理に触れられるだろうという理由で、ニューヨークに渡ります。そこで美味しいものは世界の共通言語だと確信し、やがて完全菜食のビーガンと出会ったそうです。
 佳子さんが提唱する「和ビーガン」という言葉に込められているように、原点が、「世界中の人々が、安心して同じものを食べられて、笑顔で食卓を囲み、平和を分かち合い広めるため」であることは、いま流行りの他のビーガンとは一線を画しています。
 メニューを決めずに買い出しをして、お野菜に合わせて創られる佳子さんのお料理は、彩り、香り、味、食感、調理法......と自在な変化があって飽きないし、胃が疲れることもありません。むしろ、食べれば食べるほど身も心も元気になります。馴染みの食材には新鮮な驚きがあり、珍しい食材には懐かしさがあります。例えば、ビーガンなのに豚肉の混ぜごはん? と思ったら、よく見ると割干し大根だったり。甘辛の煮ごぼうかと思ったら酸味があったり。
 ある冬のこと。「煮ものにしようと切ってみたらあまりに瑞々しかったので、生がいいと思って」と言いながら佳子さんがふるまってくれた大根は、1センチほどの賽の目にして醤油で和え、柚子の皮を散らしただけの簡単な一品に。ところが、食べてみてその奥深さにびっくり。それ以上小さかったり薄かったりすると水が出やすいし、香りは飛び、食感も半減してしまう。そんなことを瞬時に見抜き、目の前の野菜の魅力を最大限に引き出すのだから本当に凄い。その大根は幸せなほど優しい甘さで、初めて、種としてではなく、一本の大根の「個性」を味わいました。もし、手にした大根がもう少し固めのものだったら、お箸ですっと割れるほっこりした煮ものが、私たちを笑顔にしてくれたのでしょう。
 佳子さんのお料理の多彩さは、大地の恵みの多彩さ、豊かさそのものと気づかされます。人と人に限らず、食材とも一期一会。料理とも一期一会。なのですね。
 最後に、本書で初めて知ったのですが、佳子さんはビーガンにとって貴重な甘味料であるはちみつを使わないそうです。その理由が何とも佳子さんらしく、思わずクスッと笑ってしまいました。曰く、蜂が自分たちのために一生懸命集めたものを横取りしたくないから、なんですって。

 (ばば・のりこ フリーアナウンサー)

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