書評

2017年3月号掲載

皇室制度、喫緊の課題を敢えて説く

笠原英彦『皇室がなくなる日 「生前退位」が突きつける皇位継承の危機』

園部逸夫

対象書籍名:『皇室がなくなる日 「生前退位」が突きつける皇位継承の危機』
対象著者:笠原英彦
対象書籍ISBN:978-4-10-603796-2

 生前退位の問題はともかく、皇室がこのままでは、滅亡すると、笠原教授は問題を提起する。さて、どうするか。笠原教授は、日本政治史の観点から、皇室問題に取り組んでおられる学者である。このたびの生前退位問題に関連して、教授の対応と、その根拠となる知識と思想を知るには絶好の著書と申してよい。皇室の歴史に関する古典は多数あるが、これをまとめるのが容易でないことは、経験上、よく理解している。
 本書の特色は、皇室の歴史と現状を語ることだけでなく、目の前に迫った皇族(皇室ではなく)の将来の問題を論じておられることである。笠原教授が指摘するように、小泉内閣時代の、女性天皇に関する審議会、野田内閣時代の女性宮家に関する審議会(そのいずれも評者が関与している)が、結果的には、いずれも頓挫し、或いは放置されたまま、今日に至っている。今の政治的な在り方としては、よほど事柄が差し迫らない限り抽象的に皇室の将来をおもんぱかる皇室制度の改正に手を触れることはしない。皇室制度については、民のすべてが一家言を持っており、わざわざ、火中の栗を拾うような論戦を行うことは、避けて通るのが習わしである。しかし今度ばかりは、事情が異なる。天皇自ら、生前に退位を希望するという問題を提起されたのである。国民世論は天皇のご希望を理解したようである。ご希望通り退位させればよいではないかという世論に対して、皇室法の言論人や理論家から、多種多様な意見が出た。政府の審議会からヒアリングを請われた人(笠原教授も私も指名された)は、それぞれ意見を述べた。今のところどのような形で陛下の生前退位を認めることになるかは、正式にはまだ検討中である。
 天皇退位の問題は、目先の問題である。どういう形にせよ何らかの法的措置が講じられるであろう。笠原教授は、その先を見通す。つまり国民のだれもが感じながら、公には論じられないこと、皇族の衰微の問題である。
 男子皇族は減少しつつある。皇族制度は、危殆に瀕して居る、皇室は皇族に支えられなければならない。女性宮家や女性天皇を避けるというのであれば、日本の皇室を外から支える、男子皇族が、皇室を支える親族として必要である。笠原教授は、「高齢の男性皇族が薨去し、女性皇族が(中略)減少すれば、皇統の危機は急速に現実味をおびることになろう」と説かれる。国民の多くは悠仁親王の存在に期待を寄せているが、それは素朴な国民感情であって、冷静な皇室制度論とは関係がない。デッドロックに乗り上げる前に周到な準備作業をあらゆる角度から行うこと、これは国民の義務でもある。笠原教授は、そのことを訴えておられるのである。これは、現実的な作戦である。
 教授は、皇室制度の現状は、その存亡に関わることであるとされる。勇気のある発言である。施策の実現には紆余曲折もあろう。一層のご研鑽とご指導を祈り上げる次第である。

 (そのべ・いつお 元最高裁判所判事、皇室法研究者)

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