TOP > 波 -E magazine Nami- > 書評・エッセイ

波

書評・エッセイ

ジツロクミズモレマンションサツジンジケン実録 水漏れマンション殺人事件

久川涼子

1,037円(税込)

ごく普通のマンションで本当にあった小説よりも怖い話。

ある日突然、マンションで起きた水漏れ事故。その原因は上階で起きた殺人事件だった!? 巨額の工事費、悪徳業者の水増し請求、保険会社の出し渋り、傷アリ物件の処理、裁判、法律の壁……突然の災難にもめげず、女一匹、財産と権利を守り抜いた奮闘の物語。ところで、あなたのマンション、大丈夫ですか?

軽やかに、作家魂

――久川涼子『実録 水漏れマンション殺人事件』

鎌田敏夫

「え、こんなことが!?」と、思う。その後で、「いや、都会に住んでいると自分の身にも起こることかもしれない」と、思い直す。次々に襲う難問。強くならなければと決意し、ヒロインは難問に立ち向かっていく。
 こう書くと、サスペンス映画の定石のように思えてくる。
 マンションの上の階で殺人事件が起きた。壊された水道管から大量の水が下の階に流れ落ちて、その事件もただの殺人事件ではなくて、流れ落ちた水もただの水ではなくて(どんな事件か、どんな水かは、本をお読みください)、管理会社の若い男が、警察の捜査が終わっていないマンションの庭で、自分のものではない自転車を一心不乱に磨き上げてる(なぜかは、本をお読みください)という場面に出くわすと、ホラー映画の要素も混じってくる。
 何てことを書くのはとても失礼で、これは作者の身に実際に起きたノンフィクションなのです。自分の部屋で起きた事件ではないからと、最初は甘く見ていた作者が、次々と身に降りかかる難問に、深夜ひとりになった瞬間、号泣してしまうなんて場面に出くわすと、作者の思いが伝わってきて、こちらも姿勢を正してしまう。
 ぼくは脚本を書くことを生業としているから、つい不謹慎なことを考えてしまうのだが、敵役とも言える管理会社や不動産屋、保険会社、そして、事件を起こした側の国選弁護人たちのキャラクターもよく描かれていて(国選弁護人が顔を合わせたら若い女性だったなんてのも意外性がある)、よく出来たドラマのような読み方をしてしまう。難問を抱えたヒロインを助けてくれる友人たちのキャラも繊細で力強く、事件はますます佳境に入っていく。ついでに言うと、これだけの友人がまわりにいるというのは、日頃の作者の人柄を思わせるものがあって、ここは、事件と関係なく感動してしまいます。

 殺人事件を起こした人間に、補償を要求しなければならない。そんなときに、あなたはどうしますか? しかも、それが意外な結果になって(どんな風に意外かは、本をお読みください)、これから後は、事件だけの読み物ではなく、突然の事件に巻き込まれたときのノウハウ本の要素も混じってくる。不動産の処理や保険の支払い、ややこしい難題を、実際に経験した作者が分かりやすく説明してくれる(作者も最初は分かりやすいことではなかったらしいが)。
 そして、ついに、こちらも弁護士を頼むことになって、どんな経過で弁護士を選んだか、弁護士の費用というのはどのくらいで、どんな風に査定されるのか。そんなことまで書いてくれているから、事件に遭遇したわけではない人間にも、いざというときには役に立つ。作者がアメリカ在住というだけあって、アメリカと日本の裁判の進め方の違い(双方の欠点と長所)を、事件をアメリカ人に話したときの反応として伝えてくれるから、裁判ものの証言ドキュメンタリーの要素も漂ってくる。
 いろんな要素が含まれて面白い(と、言ってはいけないのだが)だけではなく、ためにもなる(作者はそれどころではなかっただろうが)と思わせるのは、事件をできるだけ客観的に見て、悲劇のヒロインになることなく読み手を楽しませようとする、物書きを長くやってきた人間の作家魂にあるのだから許してもらうことにします。

 作品と関係ないことなのだけど、日本の凶悪犯罪は、この数年、減りつづけていて、昨年の殺人件数は史上最低になるだろうと言われている。毎日のように、事件が起きているような気がするのは、以前は、特異な事件でないかぎり、地方の殺人事件は地方でしか報道されなかったのが、メディアの発達のおかげというか、そのせいで、どんな事件も全国的に報道されるようになったから、事件が増えているような気がするのだということも事実なので、安心して、この作品をお読みください。

 (かまた・としお 脚本家)

久川涼子『実録 水漏れマンション殺人事件』978-4-10-350711-6