書評

2016年10月号掲載

とにかく“当たり前じゃない”ミステリ

――詠坂雄二『人ノ町』

村上貴史

対象書籍名:『人ノ町』
対象著者:詠坂雄二
対象書籍ISBN:978-4-10-180161-2

 亜種、あるいは新種――このミステリは、とにかく"当たり前じゃない"のだ。詠坂雄二の『人ノ町』である。
 主人公である「旅人」は、本書を構成する五つの短篇において、どこの土地にあるとも知れぬ町を訪ね、事件と出会い、その決着に立ち会う。例えば第一話「風ノ町」で彼女は、常に風が吹き続けているという風ノ町に赴き、今週に入って町で三人の行方不明者が出たという話を耳にする。一体三人になにが起こったのか。町の人々は、その事件をさほど気にしていない様子だし、旅人も事件解決に向けて特段の動きを示すわけでもない。ただ単に、長い旅の過程で訪れたその町で、人々と言葉少なに会話を交わし、町のあれこれを静かに眺め、そして真実に到達してゆくだけなのだ。第二話「犬ノ町」では、数多くの犬が首輪もなしに人間と共存している町において、"最初の犬"について研究している学者と接し、その後、怪死事件に遭遇する。第一話と較べ、より当事者として事件に関与した旅人だが、その姿勢に大きな変化はない。出来事を淡々と受け止め、淡々とそれに対応し、そして結果として真実へと到達するのだ。従来のミステリの探偵役とはまるで異なる存在として登場しているのである。
 旅人が真実に至る姿は、ロジカルな推理を積み重ねるというよりは――それなりに十分論理的であるが――むしろ運命に導かれたかのようである。旅人がそこにいて、見聞きし、考え、口を開くことで、町の人々が口を開き、読者は真実を知ることになる。おそらくは大半の読者が予想していなかったであろう意外な真実を。
 第三話「日ノ町」では、町の中心に存在する奇妙な巨大建造物の正体に迫り、吸血鬼伝説も語られれば殺人も起きる第四話「石ノ町」では、石を積むという行為とその状況を彼女なりに考察する。そんな彼女に導かれ、読者はこの世界の真実を徐々に知っていくことになるのだが、それは同時に、この小説が遥か天空の視点で設計されていることを認識していく行為でもある。そう、『人ノ町』は、根幹からして異次元のミステリなのである。従来のミステリが(いささか乱暴に括ってしまうと)人と人との関係に根ざした事件を提示し、その謎を論理的な手続きで解明する物語であったのに対し、本書は、そんなものは描かない。人は確かに登場するが、固有名詞を持った人物が登場していないことに象徴されるような物語を、詠坂雄二は綴っているのだ(具体的に「○○を描いている」と書くと読者の興を削ぐことになるのでもどかしい表現になっているが)。
 その著者の趣向は、第四話「石ノ町」で旅人の素性が示され、第五話「王ノ町」で彼女の決意と行動を見せつけられることで、よりくっきりと読み手のなかに浸透してくる。さらに第五話で提示される禁忌が、それを補強する。著者がどんな世界を作り上げたのかが、この禁忌を通じて明確に読者に伝わるのだ。ちなみにその禁忌であるが、それが禁忌であること自体にまず驚き、それが禁忌である理由を理解して、つまり詠坂雄二が作り上げたこの世界の状況を理解して、改めて驚愕する。なんという物語を読んでしまったのかと、脳がグラグラするのだ。実に新鮮なミステリ体験である。
 二〇〇七年にハードボイルド文体を用いた青春学園ミステリ『リロ・グラ・シスタ the little glass sister』で日本のミステリ界に姿を現した詠坂雄二は、デビュー当初から徒ならぬものを書く作家であった。第二作『遠海事件 佐藤誠はなぜ首を切断したのか?』で、作者と同名の人物を作中に登場させたり、ドキュメンタリー風に作品を仕上げたり、巻末に架空の広告を掲載したり、第三作『電氣人閒の虞』はあんなことまでやって読者を驚かせたり、だ。そんな詠坂雄二が辿り着いた一つの極北、それがこの『人ノ町』である。静かで美しく、そして異形のミステリを堪能して欲しい。

 (むらかみ・たかし ミステリ書評家)

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