インタビュー

2016年10月号掲載

『手のひらの京(みやこ)』刊行記念インタビュー

こういう小説をずっと書きたかった

綿矢りさ

対象書籍名:『手のひらの京』
対象著者:綿矢りさ
対象書籍ISBN:978-4-10-126653-4

――『手のひらの京』は京都に暮らす奥沢家の三姉妹を描いたひさしぶりの長篇となりますが、綿矢さんが生まれ育った京都を小説の舞台にされたのは、本作が初めてでしょうか。

 京都を舞台に書きたいという気持ちはずっとあったんですけど、これまではそれに合うテーマが見つからなくて、書きたい内容が特に京都を舞台にする必要がなかったので書いていませんでした。今回、京都の季節と場所を紹介しながら、ひとの心の動きを書きたいと思って、初めてこれなら書ける、と思いました。三姉妹を主人公にしたのは、いろんな性格の女の子たちを京都を舞台に書きたかったからです。

――おっとりした長女・綾香、恋愛体質の次女・羽依(うい)、自ら人生を切り拓いていこうとする三女・凜、それぞれの目から見た京都の街がとても鮮やかに描かれています。

 綾香はなかなか好きな人がみつからなくて、三十歳をすぎてすこし焦りはじめていて、羽依は逆に、自分が本当は誰を好きなのかがわからなくなっていたり、三女の凜は自分の生まれ育った土地に愛着を持ちながらも、京都を出ていきたいという思いを内に秘めていたり、全員が悩みを持っているんだけど、それが京都ののんびりした空気に助けられて、すこしずつほどけていくのを書きたかったんですね。それぞれの悩みは、ひとりの女性が抱えていてもおかしくないものなんだけど、心理だけでなく京都の街そのものを書きたいという思いがあったので、三人にしたことでよりクリアに書けたように思います。

――みんな悩みながらも、どこかまっすぐ前を向いていて、軽やかなところがあるのが印象的でした。

 京都は平和でのんびりしているんだけど、同時にいろんなものを抱えた土地でもあって、その両面がありながら、やっぱり守られている感じがすごくあるから、三姉妹にはそのなかでのんきに悩んでほしいな、という思いがありました。

――その"守られている感じ"というのはどこからくるのでしょうか。

 四方を山に囲まれて視界が塞がれているのもあると思うんですけど、平安京の都づくりがそうだったからか、街自体が完結したひとつの小さな国みたいになっているところがあるんですよね。だからすごく守られている感じがあるし、逆に出て行きづらくもある。

 京都の街には不思議な引力があって、実際に離れてみるとこうして小説に書きたくなったり、疲れると帰りたくなるのに、いざ住むと一生動けないかもしれないという、街に取り込まれてしまうような感覚があるんです。私も大学で東京に来て、また京都に戻ったり、行ったり来たりしている間に、京都の独特な力を体感しました。

 東京は建物や空気感、人の流れがめまぐるしく変わっていく印象があって、それに比べると京都は時が止まったようになっているから、異世界のようで、観光地として盛りあがっている理由もそういうところにあるのかもしれませんね。

――三女の凜のように、京都を出たいという思いは、かつての綿矢さんにもあったのでしょうか。

 そうですね。私の場合は、凜ほど純粋な思いではなく、都会への興味みたいなもうすこしミーハーな気持ちもあったんですけど、京都を出て、違う世界を見たい、という思いがあったのは一緒です。京都に住みながら、旅行などで違う世界を見るのではわからないものがあるだろうな、と思っていました。

――ここが書けてよかったと思うところはありましたか。

 夜の嵐山の場面は、書けてよかったと思うところのひとつです。昼の嵐山はとても有名ですけれど、日が暮れたあとはまた違う顔を見せるので。夜の京都も、またいいんですよね。こうやって京都を書くことができて、書き終わったあと、今回は入れられなかったけれど、京都のふとしたいいところはまだまだあるな、と思いました。商店街だったり、おばあちゃんがひとりでやっているような和菓子屋さんだったり。もっと書いていきたいな、と思いました。

――家族という存在をこうして書かれたのも初めてのことでしょうか?

 これまでの東京や関東圏をイメージした小説は、ひとりの女の人が中心になって動くことが多かったんですが、京都は私にとって家族で暮らしていた場所だから、自然と記憶が呼び起こされて家族ものになったような気もします。

 以前は、ひとり、もしくはふたりの男女を軸に、起承転結のようなひとつの流れをぎゅっと絞りながら、一気に書き上げるような感じだったんですけど、今回は時間をかけて、ゆったりと書き進めることができて、しかもどの瞬間もすごく楽しくて、書いていてこれまでとは違う充実感がありました。

 いままでは、一瞬に宿る永遠みたいなものをテーマに書いてきましたが、同じようにみえて違うところにも時間が流れていることに気づいたというか。三人それぞれに、いろんなことがランダムに起こっていく、よりゆるやかで大きな流れ、ゆったりしているけれど確実に動いている、限りある時間のようなものを書くことができて、こういう小説をずっと書きたかったので、私にとって特別な作品になりました。

 (わたや・りさ 作家)

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