書評

2016年1月号掲載

「ほめて育てる」は間違いだった!

榎本博明『ほめると子どもはダメになる』

榎本博明

対象書籍名:『ほめると子どもはダメになる』
対象著者:榎本博明
対象書籍ISBN:978-4-10-610647-7

 かつてはこんな大学生はいなかった――。
 教鞭を執って三十三年になるが、驚くほかない言動に遭遇することが増えている。授業中に寝ている学生を起こすと、またすぐに寝る。そこで教壇を降りて注意しに行くと、「僕は夜中じゅうバイトしてて、ほとんど寝てないんです。寝させてください」。寝たいなら教室から出て寝なさいと言うと、「友だちと一緒にいたいんです」。
 さらには「授業料を払ってるから、ここにいる権利があります。他の先生は注意なんかしません」と食い下がる。こちらも譲歩するわけにはいかないので、何とか説得して出て行ってもらった。
 別の日、毎回四十分以上も遅刻する学生に注意すると、「これでも頑張って起きて十時に家を出てきてるんです。家が遠いんです」と悪びれずにアピールする。単位を落とした学生の親がやってきて、「ウチの子は頑張ったって言ってます。それなのになんで落とすんですか」と詰め寄る。
 こうした異変が起きているのは大学内だけではないようだ。心理学者として企業研修や教育講演に出向くと、講演後には深刻な相談が寄せられる。
「病院ではミスが命にかかわります。ミスや間違いは厳しく注意しないといけないんですけど、そうすると若い子ほどすぐ辞めるんです。上からは『ほめて育てるように』と言われますが、それじゃ看護師として一人前にならないし。どうしたらいいんでしょうか」(看護師)
「うちはIT企業でも厳しくない方ですが、今年の新人は早くも研修中にパニック発作を起こしました。それ以降、誰も何も言えなくなっているんです。昨日、その新人が書類の書き方を間違えていたので、『こうやってね』と気を遣いながら伝えました。すると見事に翌日から欠勤で......上司から『お前が厳しいこと言ったんだろう』と責められるのが目に見えて、もう嫌です」(IT企業社員)
「子どもが反抗的で困ってます。何でも認めるわけにいかないから、ちゃんとダメと言いたいんですけど、子育て雑誌には『何でも受け入れるように』ってメッセージばかり」(子育て中の主婦)
 こうした現象の元凶は「ほめて育てる」という思想なのではないか。「自己肯定感が高まる」と期待され、一九九〇年代に欧米から"輸入"した教育法が、日本社会においては何らかの理由で様々な歪みを引き起こしているのではないか。そのような仮説をもって、国際比較データや最新の教育心理学的な調査・実験結果をひも解きながらまとめたのが『ほめると子どもはダメになる』だ。
 題名からお察しの通り、見えてきた事実は巷間言われていることと真逆だった。「ほめても自己肯定感は育たない」「欧米の親は優しい、は大誤解」「母性の暴走が弊害の元」......。「ほめる」思想が家庭、学校、職場と社会の隅々にまで浸透した事態は深刻だ。今すぐその弊害に気づくべきである。渾身の思いを込めた警告の書を、子育てや教育・人材育成に関わる方々にお読み頂きたい。

 (えのもと・ひろあき 心理学博士)

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