書評

2016年1月号掲載

私にふさわしい書評

――柚木麻子『私にふさわしいホテル』(新潮文庫)

南綾子

対象書籍名:『私にふさわしいホテル』(新潮文庫)
対象著者:柚木麻子
対象書籍ISBN:978-4-10-120241-9

 わたしが柚木麻子(以下柚子)と知り合ったのは、2011年の夏、電子書籍として販売(のち新潮文庫)した東日本大震災復興支援のチャリティ同人誌「文芸あねもね」にともに参加したことがきっかけだった。同じ頃、あねもね仲間で鳴子温泉にでかけたのが初対面。そのときの印象は、「常時、鬼の首をとったかのようなドヤ顔をしている女だなあ」というものだった。あと、とにかくやたらとよくしゃべっていた。自分がこれから書こうとしている小説のあらすじを、誰も聞いていないのに延々しゃべり続けるので、「なんでそんなうるさいの? 家の中でもうるさいの? 旦那さんうざがらない?」とわたしが訊いたら、それまでヘラヘラしていたのに一転、「うるさいのがわたしのアイデンティティなの!」と鬼の形相になって怒鳴りつけてきた。油断ならない恐ろしい女だと一瞬思った。しかし「文芸あねもね」に柚子が寄せた短編「私にふさわしいホテル」を読むと、彼女の楽しげな人柄(とちょっとした毒)がにじみ出ていて、とても好感を持った。彼女はこの先、人気作家としての階段を順調に駆け上がっていくだろうというのが、あねもね仲間の一致した見解だった。はたして、あれからたった四年で、彼女は日本文芸界のトップスターになってしまった。
 今回『私にふさわしいホテル』の文庫化にあたって書評を依頼され、久しぶりに本書を読み返した。この本の主人公加代子は、文学の新人賞を受賞したものの、同時受賞したタレントばかりが注目されるという不運なデビューを果たしてしまう。そこから、あの手この手で文壇をのし上がっていくサクセスストーリーがはじまる。
 読者の人はどう感じたのだろうと、作中にも頻出する読書メーターでこの本をチェックしてみた。「元気をもらった」「励まされた」等々、ポジティブな言葉ばかりが並んでいる。
 しかし、わたしは今回再読してみて「やっぱりこの本、怖いっ」としか思えなかった。どう読んだって、これは紛れもないサイコスリラーだ。最終的に主人公の加代子が登場人物全員を丸呑みしてしまうのではないかとマジで思ったのだ。丸呑みというのは比喩ではない。加代子が大口をあけて編集者の遠藤の頭にかぶりつく様子がありありと浮かんだ。すべての出会いと経験を栄養にして成長する妖怪、それが加代子。
 そしてそれは、温泉旅行の際にわたしにブチ切れたときの柚子の顔と重なった。あの突然の豹変ぶり、あの恐ろしさ......。
 ハッとわたしは思い至る。もしかすると、この本の恐ろしさに気づけるのは、作家としての柚子を直接知っている人間だけかもしれない、と。作家としての彼女を知る者――要するに出版関係者だ。
 しかも、彼女が真の意味で恐ろしいのは、そこまですべて計算ずくということだ。
 だから、出版関係者ではない読者の方には安心して本書を楽しんでほしい。加代子のプリミティブな野心、あふれ出るアイディア、イノシシのような行動力に心がスカッとし、自分もいっちょやるか! と前向きな気持ちになること間違いなし!
 しかし出版関係者、とくに文芸編集者は今一度心して読むべきだ。なんだったら自宅で音読してほしい。彼女と関わることは、いつか丸呑みされるリスクを伴うこと。それでも文芸編集者たるもの、柚子に仕事を依頼し続けなければならない。なぜなら読者が求めているから。怖いとか食べられそうとか言っている場合ではないのだ。柚子は命を削って人々が読みたい物語を紡ぎ続ける。たぶん、死ぬまで。彼女の才能で儲けようとする者は丸呑みリスクを引き受けるべきなのだ。柚子はこの本でそう訴えかけている。
 しかし、わたしは柚子に食われたくないし、柚子が売れてもとくに恩恵もないので、ほどよいお友達関係を続けていこうと思っている。ま、この文を読んだら激怒するかもしれないので、近々菓子折りでも持って彼女の自宅にはせ参じる覚悟である。ちなみに、一回いったことあるけど、結構汚かった。

 (みなみ・あやこ 作家)

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