書評

2015年12月号掲載

道から紡ぎだされる物語

――佐藤健太郎『国道者』

高橋良和

対象書籍名:『国道者』
対象著者:佐藤健太郎
対象書籍ISBN:978-4-10-339731-1

 鉄道は趣味の王道の一つであるが、その理由はロマンと非日常性を感じさせてくれることであろう。鉄道趣味として、ノスタルジックな機関車や最先端テクノロジーの新幹線、バラエティあふれる民鉄車両などの魅力あふれるハードはもちろん、駅での出会いや別れ、鉄路の先の新しい生活への希望や不安、旅情や望郷など、鉄道を通して多くの人間ドラマが頭をよぎる。鉄道はハード・ソフトともに非日常を演出する数多くのコンテンツが含まれているのである。さらに鉄道趣味の世界には、『時刻表2万キロ』の宮脇俊三氏をはじめ、多くの作家が、更なる鉄道趣味の魅力をかき立てている。
 一方、同じく公共交通の用に供する道路も同様の魅力を秘めているはずであるが、鉄道に比べて分が悪い。家を出れば目の前にある道路は、極めて日常的な存在である。カーエンスーは数多くいれども、それは自動車趣味であり、道路趣味では無い。あくまで道路そのもので勝負する必要があるものの、趣味として分かりやすいコンテンツは少ない。道路の魅力を味わうには、日常的な道路に潜む非日常を見つけ出す努力が必要で、コンテクストが鍵となるのだ。松波成行氏の『国道の謎』や平沼義之氏の『大研究 日本の道路120万キロ』、また佐藤氏の『ふしぎな国道』は、道路趣味のコンテクストを読み解くための数少ない入門書だ。国道は誰もが知っている道でありながら、実は、その何たるかはあまり広くは知られていない謎多き道でもある。そこで、道路の歴史や法制度を整理しながら、道路の世界の幅広さが紹介され、最長、最短国道や最高、最低地点などのデータや、国道らしからぬ酷道など、道路の奥深さを示しながら、道路を趣味とするための道筋を教えてくれる。本書『国道者』は、道路に秘められた物語を紡ぎだす、というコンテクストをもって、道の魅力を読み解こうとするものである。
 本書には、二九の道路から紡ぎだされた物語が紹介されている。バイパスの開通によってわずか一八七・一メートルまで短くなってしまった国道一七四号や、気づかぬ間に国会議事堂横が国道二四六号になっていた物語を読むと、変化しない象徴のような道路が、伸び縮み、動き回ることが可能な生き物のようにも感じることだろう。また、急勾配で行く手を阻む「酷道」三〇八号や、登山道であった国道二八九号などの物語は、我々の国道の概念を一変させるに十分である。本書で特に印象的なのは、それぞれの物語に、実に様々な人間模様が綴られていることである。国道五二号や国道二七一号に見え隠れする権力者や、国道一号起点の日本橋を横切る高速道路建設に苦悩する技術者、尾瀬の自然を守るために国道四〇一号を永遠に分断させた山小屋主人や国道三三九号の階段国道を観光の目玉に活用する地元民など、その登場人物も様々である。一見無機質な道路の物語に人を登場させることで、道路に感情移入することへのハードルを下げ、一気に興味を高めてくれる。
 本書には紹介されていない国道の中で、個人的に強くその物語に興味を覚えるのが、国道五八号である。かつて一級国道には一桁、二桁の番号が、二級国道には三桁の番号が割り当てられたが、一九六四年七月の道路法改正により、一級、二級の分類は廃止され、一般国道に一本化されて以来、新しく制定される国道には全て三桁の番号が割り当てられている。その唯一の例外が国道五八号だ。一九七二年の沖縄返還を機に、鹿児島と沖縄を結ぶルートが国道に制定され、かつての一級国道の証である二桁の番号が付与された。この特別な配慮を知ったとき、沖縄の本土復帰を心より祝う日本国家の心意気を感じた。また、沖縄県民もその心意気を感じたのであろう、沖縄では「ゴーパチ」と呼ばれ、国道五八号の標識を象ったお土産物が沢山ある。地元民から愛される国道は、愛されるだけの物語が潜んでいるのだ。
 道の物語には正解はない。人それぞれ異なる物語が発見できるだろう。本書で紹介される道から紡ぎだされる物語を味わいながら、自分なりの物語を発見してはどうだろうか? そのとき、目の前に見える道路は今までと違う景色に見えるはずである。

 (たかはし・よしかず 京都大学准教授)

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