書評

2015年9月号掲載

(暗黒時代)の秘密

――畑野智美『みんなの秘密』

中江有里

対象書籍名:『みんなの秘密』
対象著者:畑野智美
対象書籍ISBN:978-4-10-339481-5

 読み始めて「うわ」「あぁ」と心の中で声が漏れた。恥ずかしさと懐かしさが入り交じった何とも言えない感情があふれ出す。ここに書かれているのは、自意識過剰だったあの時代ではないか。わたしがひそかに「暗黒時代」と呼んでいる中学時代。
 中学二年の冴木美羽(さえきみう)(なんと可愛い名前)の視点で誘い込まれる「暗黒時代」は、ちょっとした苛めがあったり、お財布が盗まれたりするけれど、特別変わった学校じゃない。
 紗弥(さや)ちゃんと奈々(なな)ちゃんはクラスでお弁当をともに食べる仲。一見平和だけど、ランチタイムほどヒリヒリとする時間はない。ひとりで弁当を食べる勇気がある者は別として、大抵の中学生は誰と弁当を囲むかは大問題。自分がどのグループに所属するか、誰と仲良くするかによって、自分の価値が決まっていくし、周囲から決められていく。中学生は自分の定位置を見つけておくのに、いつもサバイブしている。
 美羽たちの中学校の生徒は、主に四つの地域に住んでいる。美術部の美羽と紗弥ちゃんは新興住宅地の建売住宅、陸上部の奈々ちゃんは昔からある商店街の中華屋、苛めの対象となっている村瀬(むらせ)君は高層マンションの四十二階、村瀬君を苛める髙井(たかい)君は山側の小さなアパート。住宅街と商店街、高層マンション群と山側、つまり地域と家によっても生徒たちは自分が自然とランク付けされているのを自覚している。だけどその価値観はそのまま友人関係に反映されないのが難しいところ。貧乏だといわれる髙井君に、美羽たちは恐れて近づかないけど、一部の男子生徒たちは群がっているし、山側で暮らす枝島(えだじま)さんは大人びた雰囲気から一目置かれている。
 何とも面倒だけど、独特の空気を読んでさえいれば大丈夫。美羽たちは学校でそれなりに平和に過ごせるスキルを身につけている。一方でその平和に飽きて暇をもてあまし、せっかくの中学時代に遊んだり、恋愛もしたいと思う。
 そんな時「スリル」が目の前に差し出された。美羽は「スリル」を求めてしまう。つまらない日常から抜け出すために。
 型から外れることを格好良いと思うのは珍しいことじゃない。世間には「中二病」なんて言葉もあって、自己愛の強さを「中二病だから」と自称する人がいたりもする。
 人と同じであることに安心するのに、型から外れたい。ついでに同い年の友達より少しでも大人であることを仲間にアピールしたい。人とは違うという優越感に浸っていたい……あぁややこしい。今ならわかるけど、あのときはわからなかった。自分の心を丸裸にされているようで恥ずかしい。
 本書はどこにでもいそうな中学生の日常に迫りながら、彼、彼女らの心の黒い部分をこれでもかというくらい浮き立たせる。そのキーワードは秘密。秘密には、もれなく罪の意識がついてくる。美羽は秘密を持ったことから、ちょっとした失敗までもが罰のように思えてくる。
 そして秘密は弱みでもある。クラスメイトたちの秘密を知った美羽は優越感に浸る。誰かを脅すわけじゃない。でもいつでも脅せる材料を手にした強みがあるのだ。
 それぞれの秘密のしっぽを握り合い、中学生たちは時に同志になったり、敵になったりする。まさに戦い。しかしこれこそが青春であり、成長の過程でもある。
 赤ん坊は生まれてしばらく母親と自分は一体と感じている、と聞いたことがある(赤ん坊に確認したことはないけど)。やがて成長し、赤ん坊が親と自分の境目に気づく。これが自我の発見だとすると、中学生は自我の成長期。秘密を分かち合える友達との一体感の心地よさを知るのと同時に、一体であるはずの友達が、自分とは決定的に違う人だと知らされる。
 人は自分の孤独を知って、大人に近づいていくのかもしれない。
 本書は現役中学生より大人に勧めたい。あの息苦しかった時代の正体が見えてくる。そしてあの暗黒の時を走りぬいた自分を褒めてやりたくなる。
 それにしても『みんなの秘密』は斯くも恐ろしく、魅惑的。そして一度持ったら手放せない。リメンバー暗黒時代!

 (なかえ・ゆり 女優・作家)

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