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書評・エッセイ

タナバタノアマヤミドクソウシ七夕の雨闇――毒草師――

高田崇史

1,296円(税込)

織女と牽牛は決して会ってはならぬ……。七夕はおそろしく陰湿な祭だった!

「り……に、毒を」不可解な言葉と密室の連続毒殺事件。毒物は特定されず摂取経路も不明。事件に影を落とすのは《七夕伝説》の闇。なぜ七夕は七月七日なのか。「金銀砂子」に隠された秘密、子孫根絶やしの呪いとは。《毒草師》こと名探偵・御名形史紋がすべてを解き明かすとき、古代史のタブーが現れる。驚愕の民俗学ミステリー。

予言の自己成就

――高田崇史『七夕の雨闇――毒草師――』

中野信子

 日本人であれば誰でも、幼い頃から親しみ、年中行事として生活の中に息づいている七夕。この美しい悲恋の物語が、実は単なる神話や伝説ではなく、陰惨な歴史を覆い隠すために巧妙に練り上げられた陰謀であった……というのが、この作品の大きなテーマです。
 毒草師・御名形史紋(みなかたしもん)のキャラクターも相変らず健在、彼の披露する知識には高田崇史さんの薬剤師としての知の蓄積が惜しげもなく使われていて、高田さんの興味の広さと博識ぶりに二度驚かされます。
 この「予言の自己成就」。いったいどんな現象なのか。
 予言の自己成就(あるいは自己成就的予言)とは、人が自分(他人のこともある)の発言や期待に沿うように、意識的か無意識的かを問わず行動してしまうために、その発言の通りの、あるいは期待された通りの結果が、本当に現実化してしまう現象のことをいいます。あたかも、予言が成就されたかのように見えるので、予言の自己成就、というのです。
 たとえば、シンプルな例では、ピグマリオン効果がそれにあたるでしょう。「この子どもは将来すごく成績が伸びますよ」と学者に(実際には根拠のない)お墨付きをもらい、教員がその期待をこめて接すると、本当にその子どもの成績が伸びてしまうという現象のことです。
 もっと身近な例では、「いつもきれいにしていますね」と言われただけで、なんとなくその人の前では汚い格好をしてはいけないような気がして、本当に身ぎれいになったりする。言葉を掛けられることで心理的な圧力が生じるので、実際に、人がそう振る舞うようになるのです。
 これは、ラベリング効果とも呼ばれ、上手に使えば職場や恋愛関係などにおいて、自分の思うとおりの方向にある程度、物事を誘導できるようになる、面白い心理テクニックの一つでもあります。
 つまり予言の自己成就とは、いわゆる「言霊」を科学的な観点から分析した効果のことを指すのです。言葉によって、心理的な圧力を生じさせ、思いどおりの方向に現実を誘導するのです。
 この、「言霊」(あるいは「呪(しゅ)」)を使う能力の高い人が、おそらく古来、日本では、長らく祭司を務めてきたのでしょう。この人々は、言葉を巧みに操ることで、大衆を誘導できる力を持つからです。そういえば天皇家では、和歌を詠む集いが節目ごとに開かれますね。このことも、このような観点からすると、随分、興味深いことだと感じられないでしょうか。
 さて、この作品では、予言の自己成就現象が巧みに配置され、謎めいた連続毒殺事件というストーリーに深さと厚みが加えられています。七夕を詠んだ古くからの和歌を集め、そこに織り込まれた言霊――呪いを読み解くことで、悲しい歴史を歩まされてきた一族の姿が浮き彫りになっていきます。謎解きもさることながら、歴史と言葉に隠された、より大きなミステリを解く楽しみを、ぜひ皆さんにも味わっていただきたいな、と思います。
 ところで、ミステリマニア、といえるほどミステリを読み込んで研究しているわけではないものの、小説ではミステリを好んで読み、自分も書いてみたいという中野に、高田崇史さんがそれと知らず白羽の矢を立ててくださったというのがまずミステリアスといえないでしょうか。
 高田さんはいつ、どうやって、私がミステリを好きで、いつか書きたいと思っている、ということを知ったのでしょう? そうやって、明示的でないメッセージを多用した謎を、そこかしこにちりばめて行くのは、とても高度なコミュニケーションの方法です。もしかして、この原稿こそが、予言の自己成就の第一歩……?
 小説のなかにそうした謎をちりばめ、そこに仕組まれた言外のメッセージを、いつも誰かに拾ってほしいと願っている――それが、高田崇史さんという人なのかもしれません。

 (なかの・のぶこ 脳科学者)

高田崇史『七夕の雨闇――毒草師――』978-4-10-339331-3