対談・鼎談

2015年7月号掲載

北方謙三『十字路が見える』刊行記念

俺の十字路、君の十字路

北方謙三 × 二階堂ふみ

年百本以上の映画を見る映画好き作家と、文筆修行中の注目女優。共通の友人からお互いのウワサを聞いていた二人が待ち合わせたのは、老舗の文壇クラブだった――。

対象書籍名:『十字路が見える』
対象著者:北方謙三
対象書籍ISBN:978-4-10-146415-2

憧れの文壇クラブ

二階堂 公演中の舞台(大人計画「不倫探偵〜最期の過ち〜」)にお花を贈ってくださって、ありがとうございました。

北方 舞台での二階堂さんはすごかったね。テンションの芝居だった。映画でいったらデビッド・リンチ的な……ああいう舞台は、頭で理解しようとしたら負けなんだろうな。

二階堂 舞台のお仕事は二年ぶりになります。これまでは同じことを繰り返す感じでしたが、今は演じるたびに違って、舞台ならではの楽しさを満喫しています。

北方 板の上では一期一会だもんな。それがライブの面白さ。表現者は常に一人対一人であるべきだと思う。客席を見ると、暗闇の中にたくさんの人間がいるように見えるけれど、実は孤独な一人が集まっているだけなんだよ。だから役者も、一人に向かって演じた方がいい。二階堂ふみの言葉を受け止めている一人が集まって、観客という群衆になるんだ。ところで、どうして文壇クラブに行ってみたいと思ったの?

二階堂 北方さんと一緒じゃなきゃ、行けない場所だと思ったから。

北方 作家が来るという以外、あまり他のクラブとの違いはないと思うよ。お店の数も減ってしまって、いま頑張っている三軒は、作家仲間のあいだで「動物園」「猿の惑星」「お化け屋敷」と呼ばれていて――。

水口素子ママ ちょっと、謙ちゃん。最近は銀座で遊ぶ作家の方も減ってきてしまいましたけどね、昭和の文壇事情なら詳しくお話しできますよ。

二階堂 どんな作家さんが飲みにいらしていたんですか?

水口ママ 吉行淳之介さんや松本清張さん、井上靖さん……本当に楽しい方ばかりで、いろいろ勉強をさせていただきました。でも皆さん亡くなられてしまって……寂しいです。

小説の言葉

北方 そういえば、二階堂さんは今、文筆修業中でしたね。

二階堂 はい。「小説新潮」に「只今 文筆修業中」という連載を持っています。

北方 実は、何度か読んだことがあるんだけど、連載し始めのころは言葉づかいがユニークで、「どうしてここで、この言葉を選ぶんだ?」って気になって仕方がなかった。でも最近は、文章が滑らかになってしまって不満だな(笑)。とんがったものは、とんがったままにしておいた方がいいと思うよ。「修業中」なんだから。そのとんがったものの中から、二階堂さんだけの“小説の言葉”を見つけていくといい。

二階堂 “小説の言葉”って、どういう意味ですか。

北方 例えば、ここにある赤いバラを表現して、「うつくしい赤」と書くと、それは客観的な表現になる。でも、「いい赤」と書くと、これは主観的な表現。主観的な言葉を使って普遍性を表すのが“小説の言葉”です。「うつくしい赤」は誰でも書ける。「いい赤」を表す言葉を獲得できるかどうか……主観的な言葉に、どれだけ客観性を持たせられるか、その矛盾した作業が作家の仕事です。

二階堂 なんだか、果てしない……。

北方 二階堂さん、俺に惚れないでね。俺に惚れたら、低温やけどだよ。

二階堂 低温?

北方 低温やけどはね、やけどしている最中は気持ちいいんだけど、なかなか治らない。

二階堂 そうですか(笑)。お酒や葉巻についても書かれているので、今日は葉巻を吸ってる北方さんが生で見られると思って、ドキドキしてたんですよ。

北方 今日は君のそばで葉巻を吸いたいと思ってたんだ。君が今晩、家に帰ってシャワーを浴びようとするだろ。髪をほどくと、ふわっと残り香が立ち上って、俺のことを思い出すんだよ(笑)。

二十代の十字路

――『十字路が見える』では、北方さんの「生き方」というか「流儀」を、読者である「君」に語りかけるように書かれています。二つ道があったら、迷わずつらい方を選べ、と。これは、二階堂さんのような若い読者へのエールですね。

北方 芸能界は、平気で人の足を引っ張る世界だ。二階堂さん自身が、その部分はよく分かっていらっしゃるんじゃないのかな。真面目に人生に向き合っている人は、ちゃんとつらい方を選んでる。文壇バーで飲んだくれていた二十代のころ。俺が没原稿を量産しているのに、中上健次は二十九歳で芥川賞を取った。中上にあって、自分にないものを必死で考えたよ。そして、よく編集者たちが「心の闇を書け」と言っていたけど、俺の心の中に「闇」はない、ということに気付いた(笑)。

二階堂 北方さんの中にあったのは?

北方 「物語」だ。それで、書くものを変えた。編集者の中には「堕落した」とかいう人もいたけど、あれは明らかに俺の十字路だったと思う。

二階堂 十字路か……。私、取材などで「女優を目指したきっかけは?」と聞かれるとき、理屈の通った「答え」がないんです。ただ映画が好きで。

北方 それは二階堂さんが、まだ十字路に立っていないからだよ。これからだ。

運命の出会い!?

北方 僕が二階堂さんを初めてスクリーンで見たのは、ベルリンの映画館だった。『そらそい』という自主制作映画に、「フーちゃん」という役名で出てたでしょ。

二階堂 えっ、『そらそい』を観てくださったんですか!? DVD化もされていない作品なのに。

北方 二〇〇九年にベルリン国際映画祭に呼ばれていったとき、日本映画の上映はぜんぶ見たんだ。作品自体は、大学生の素朴な群像劇だったんだけど、その中で「うまい女優がいるなぁ」と感心したのを覚えているよ。

二階堂 嬉しいです! 映画を撮ったのは十三歳の時でしたが、この「フー女子」という役がアニメオタクの「腐女子」の設定だったので、名前と設定が音でかけられていて。

北方 『地獄でなぜ悪い』で二階堂さんを見て、「なんてアナーキーな女優がいるんだ!」と驚いた後、「もしかして、あの子じゃないか?」と、ふと思い出したんだ。ずっと気になってたから、本人に確認できてよかった。しかし、十三歳か。その時から、すごい存在感だったよ。ちょっと意地悪なことを言えば、これから先が大変だと思った。

二階堂 いつも大変ですよ(笑)。

北方 いやいや。君は順調にキャリアを積んできたけど、それは生まれ持った存在感であり、演技力のおかげだと思うんだ。一方、まだ表の世界に出てこれない奴らは今、歯を食いしばって這い上がろうとしている。俺は下積み時代が長かったから、そういう奴らの必死さがよく分かる。例えばあと十年後、そういう奴らが培ってきた迫力に、あなたは立ち向かえるようにしておかないと。

二階堂 そう言っていただけて嬉しいですが、この仕事に関しては、ちょっと割り切って考えている部分があるんです。自分が本当に欲しくて、求めているものは、この仕事をいくら続けても手に入らないような気がしていて……。

北方 それって、俺の心か!?

二階堂 違います(笑)。具体的に何を求めているかということではなくて、本当に欲しいものが手に入ったら、自分の演技が変わってしまうかもしれない、自分が周囲に求められているものが消えてしまうかもしれない、という恐れかもしれません。手に入らない方が、表現者としての自分にはいいことじゃないか、とか。

北方 表現者がすべてを手に入れてしまったら、終わりだよ。無駄なものの積み重ねというのが必要だと思う。無駄だと思っていたことが、ある日突然無駄じゃなくなる。二階堂さんは、その無駄があまりないように思う。

二階堂 まだこれから、ということでしょうか。

北方 ああ。文筆修業も役に立つんじゃないのかな。無駄なものを積み重ねるとき、君は苦しむし、悔しい思いもするだろう。でも、そのときは、俺がそばにいるから(笑)。

二階堂 じわっときました。お風呂入るときに、思い出しちゃう(笑)。

北方 これは、僕の先輩が言っていたんだけど、「男と女は誤解して愛しあい、理解して別れる」……。

二階堂 それも、主観と客観ですね。

北方 君はまだ、これからいっぱい誤解できるぞ。羨ましいな。

北方謙三
1947年、佐賀県生まれ。1970年「明るい街へ」でデビュー。ハードボイルド小説で数々の文学賞を受賞後、1988年から歴史小説にも挑み、1991年柴田錬三郎賞、2006年司馬遼太郎賞、2007年舟橋聖一文学賞、2011年毎日出版文化賞を受賞。2010年日本ミステリー文学大賞受賞。

二階堂ふみ
1994年、沖縄県生まれ。2009年『ガマの油』で映画デビュー。2011年ベネツィア国際映画祭マルチェロ・マストロヤンニ賞受賞、2015年日本アカデミー賞優秀主演女優賞を受賞するなど今最も注目の若手女優。主演映画『この国の空』が今夏公開。

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