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書評・エッセイ

ガンバルトメイワクナヒトシンチョウシンショがんばると迷惑な人(新潮新書)

太田肇

660円(税込)

合理的手抜きが成果をあげる! ビジネスの質を高める画期的仕事論。

はりきるほど、ズレる。意欲はあるのに、スベる。やる気ばかりで、ツカえない。そんな人っていませんか? “努力は必ず実を結ぶ”は幻想です。重要なのは「がんばり」ではなく仕事の「質」。確実に成果を上げる「合理的手抜き」とは――。やる気を育む人事表彰制度、ムダを省く技術、野心を業績に変える思考法、部下の承認欲求に応える管理術、自営業集団としてのチーム運営など、“残念な働き方”にならない為の画期的提言。

がんばると、なぜ迷惑になるのか

太田肇『がんばると迷惑な人』

太田肇

 有名国立大学の工学部を卒業したN君。学生時代はボート部の主力選手でもあり、体力や精神力にも人一倍自信があったので、専攻を活かして、エンジニアとして一流の大手メーカーに就職した。
 順調に会社員生活を歩んでいたが、三〇歳を越え、開発部隊の中心的な役割を担うようになったとき、突然スランプに陥った。表情から生気が消えて口数も減り、体調不良で会社を休みがちになった。そして、とうとう退社してしまった。本人曰く、どんなにがんばっても空回りし、仕事の結果が出ないうえ、後輩もついてこなくなったそうなのだ。職場では周囲に煙たがられていたという。
 私のゼミの卒業生でも、近年はN君と同じようにまじめな努力家が、壁にぶつかり、挫折するケースが目につく。企業の人事担当者に尋ねても、高学歴で模範的な社員がメンタルを患い長期休職したり、適応できずに辞めていったりする事例が急増しているという。がんばり続けた挙句、成果があがらず、会社に認められもせず、遂には社会生活を棄ててしまうのだ。私の調査では、これは一九九〇年代半ば頃から顕在化した現象である。
 ちょうど日本の労働生産性や国際競争力が急落した時期である。当初はバブルの後遺症と考察されていたが、「失われた一〇年、二〇年」と低迷が長引くうちに、別の原因を疑われるようになった。
 ここに挙げた二つの変化は、たまたま時期が一致しただけのようにも見える。しかし、さまざまなデータから分析すると、両者は無関係ではない。
 実はこの時期に起きた“あること”がきっかけで、日本人のモットーである“がんばり”、すなわち、勤勉という努力の〈量〉の価値が暴落し、逆に努力の〈質〉の価値が急騰してきたのである。
 しかも、この〈量〉と〈質〉は反比例する。つまりがむしゃらにがんばると成果があがらないばかりか、かえってマイナスになることが多いのだ。
 連日の残業や駆け回る姿など努力の〈量〉は目に見えるが、〈質〉は見えにくい。しかも日本人は汗水たらしてがんばることが尊いと見なされてきただけに、その思考を切り換えられない。
 目の前に理不尽な現実を突きつけられても「精一杯」「全力で」「一丸で」がんばる以外のすべを知らないのだ。これではイノベーションもブレークスルーも生まれず、「隠れブラック企業」ばかり増えるのがオチである。そして欧米企業や新興企業には水をあけられ、成長戦略どころではない。
 本書では、相変わらず勤勉な日本人が、なぜ“迷惑な人”になってしまうのか、また日本人の「がんばり病」がどれだけ怖いかを明らかにした。さらに努力を〈量〉から〈質〉へと転換する思考法や、会社など組織が罹(かか)る「がんばり病」の正体を見極めて退治し、効率よく働いて成果につながる方法も提示した。
「がんばると迷惑な人」は日本社会の深部に巣食う病巣から今も続々と出現している。あなたの周りにも既にいるはずだ。他人事(ひとごと)ではなく、あなたも「がんばると迷惑な人」になってはいないか。

 (おおた・はじめ 同志社大学教授)

太田肇『がんばると迷惑な人』978-4-10-610599-9