TOP > 波 -E magazine Nami- > 書評・エッセイ

波

書評・エッセイ

日本再生の鍵を握る文系数学

――野口悠紀雄『数字は武器になる 数の「超」活用法』

ちきりん

 最初に本書の前半部分を読んだ時、数字が明らかにする舞台裏のおもしろさにワクワクさせられた。著者は歴史から政治まで様々な事例を挙げ、数字のパワフルさ、それが故のトリックの仕掛けやすさを、手品のように次々と示していく。
 特に、輸入飼料を食べて育ったニワトリが生んだ卵は、日本のニワトリから生まれた卵でも「輸入品」と認定する農水省の食料自給率に関して、スパゲッティばかり食べている日本人をイタリア人と呼ぶようなもの、とするユーモアのセンスには喝采した。
「政治は数字だ」「数字のない理念は空疎だ」という主張にも説得力がある。「最小不幸社会」が何を意味するのか、説明できる人はいないだろう。何が不幸かなんて、人によって感じ方が違うからだ。けれど「所得倍増」と言われたら誰でもわかる。日銀のインフレターゲットも、数字が明示されたことで、何が行われようとしているのか、極めて明確になった。
 誰もが知る日本の大企業が現実に納めている税金の比率を計算し、“真の実効税率”が驚くほど低いことを数字で示されると、法人税を下げれば日本経済が成長するなんて、おかしな理屈だということも、よくわかる。
 尤もらしく聞こえる主張の裏を数字でおさえることで、隠された真実が見えてくる。その重要性が、わかりやすい事例でテンポ良く示され、読んでいてとても楽しい本である。
 しかし後半まで読み進めると、筆者の伝えたいことは、単なる数字の雑学ではない、ということもよくわかる。特に興味深い表現は、「理系数学と文系数学」という対比だ。
 理系数学とは、船や飛行機を作る技術に使われる数学のこと。一方、できあがった船や飛行機をどう使うか、どう使えば、より大きな経済価値が生み出せるかを(数字に基づいて)考えるのが、文系数学である。
 日本は、細部にこだわる理系数学をモノ作りに活かし、戦後復興と高度成長を成し遂げた。しかし、ビジネスとしての付加価値を上げるための経営や、価値を生むセクターに集中的にリソースを集めるための投資(金融)機能については、それらに必要な文系数学への理解と、その重要性の認識が決定的に欠けている。これが、日本が競争力を失い、長らく立ち直れない原因だと筆者は看破する。
 同様に、「リスクをとれない株式会社」という例でも、文系数学の重要性がよくわかる。世界で初めての株式会社と言われる東インド会社の時代、株式会社とは、大航海による貿易のリスクを取るための仕組みだった。異国で得た貴重な物資を満載した船は、無事に戻って来られれば巨万の富をもたらすが、嵐の海に沈んでしまう可能性も高い。
 リターンも大きいがリスクも大きな当時の貿易事業に最適だったのが、有限責任の株主が資金を出し合い、みんなでリスクを分け合うという株式会社の仕組みだ。つまり本来、株式会社とは、単独では取り得ない規模のリスクをとり、大きなリターンを狙うための組織形態だったのだ。
 それなのに日本の株式会社は、今や従業員の生活組合に成り下がったと筆者は言う。リスクを取ったものが付加価値を生みだすという原則は、大航海時代から何も変わっていない。シリコンバレーから大きな経済価値が生まれるのは、エンジェル投資家がリスクを取る経営者に資金を提供するからだ。
 ではなぜ、リスクをとれない経営者が増えているのか? 一般に人は、理解できないモノを恐ろしいと感じる。むやみに失敗を恐れてリスクをとる決断ができないのは、数字を理解しない経営者が多いからだろう。
 本書からは、数字の重要性と、数字を扱う際の基本的な姿勢が学べるだけでなく、金融とは何か、株式会社とは何かという、現代社会を支える原理原則を学ぶことができる。ぜひ学生を含む若い人に読んで欲しい教養の書だ。また、これからの子供達を育てている主婦の方や、私のような純文系の人間にも、極めて有用な一冊だと思う。

 (ちきりん 社会派ブロガー)

野口悠紀雄『数字は武器になる 数の「超」活用法』978-4-10-432906-9