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書評・エッセイ

ひとりでは奏でられない美しい音楽

――古谷田奈月『ジュンのための6つの小曲』

石井千湖

 音は意味よりも速く、強く、まっすぐに入ってくる。言葉で音楽を表現しようとするなら、余計な意味をできるだけとりはらうしかない。だから古谷田奈月は、意味を拒み音で世界を認識する存在として、ジュンという少年を造形したのだろう。『ジュンのための6つの小曲』は、「今年の贈り物」(『星の民のクリスマス』として刊行)で第二十五回日本ファンタジーノベル大賞を受賞した古谷田さんの第二作。デビュー作は童話の中にあるサンタクロースの町が舞台だったが、今回は現代日本の話だ。
〈一、二、三で目覚める朝を、愛するのは音楽家たちだ〉というイントロから引き込まれる。主人公のジュンは中学二年生。一日を楽曲ととらえ、見聞きするさまざまなものを歌にしながら過ごす。天性の音楽家だが、手に触れるすべての楽器を壊してしまうため、吹奏楽部は入団一ヶ月で辞めた。ジュンがつくる歌には独自に考案した言語による曲名や歌詞がついていて、本人以外に聴く人はいない。色とりどりの音に満たされた豊かな生活を送っているのに、傍目には奇声をあげているようにしか見えないのだ。壁や電柱を話し相手にしたり、心惹かれる音があると口真似したり、ところかまわず歌い出したりする彼を、学校のみんなは「アホジュン」と呼ぶ。ひどいあだ名をつけられても、本人はちっとも気にしていない。自転車のジュライという親友がいるし、悪意は歌にできないノイズとみなし遮断するからだ。同じクラスのトクと接触したことをきっかけに、平和だけれど閉じていたジュンの世界は少しずつ変化していく。
 ジュンはギターケースを背負ったトクを追跡し、木の陰に隠れて演奏を聴く。〈トクの弾くギターの音色は、下地が夕焼けの赤だった。それに時折、雨雲の灰色と深夜十二時の濃紺が差し色として入る。自分の扱えない音をたやすく、というよりはごく自然に奏でているトクにジュンはかすかな嫉妬をおぼえたけれど、やがて鼻がツンと痛み始めると、嫉妬心などすぐに忘れて胸と唇の震えに耐えた。〉ギターの音色がどんなふうにジュンを揺さぶったのか。ダイレクトに伝わってくる文章だ。涙を流したジュンは思いきってトクの前に姿をあらわし、ふたりの少年は初めて言葉を交わす。
 とはいえ簡単に友達にはなれない。言葉を意味ではなく音でつかむジュンは、他人とコミュニケーションをとるのが難しいからだ。おまけに緊張したり興奮したりすると無意識に何かを口に入れてしまう癖があって、トクの演奏を聴きながら噛んでいた黒い塊をペッと吐き出す。実は木の皮なのだが〈お前、カナブン食ってたの?〉とトクは慄く。ジュンは〈僕のこと、気持ち悪いんでしょ〉と言う。自分の言動が他人の目には異様に映るとわかっているのだ。でも、衝動を抑えることができない。トクのギターに恋をして勝手に「エイプリル」と名づけた上、駆け落ちしようとしたりもする。トクが怒って取り戻しに行くと、〈僕、楽器なんだ!〉と大声を出す。不可解ゆえに「気持ち悪い」という言葉で排除されているジュンを美化することなく、気持ち悪いままチャーミングに描いているところがいい。ショッピングモールのエレベータへの敬意を歌った『ソリチータ・ソリギョット』、マヨネーズを混ぜるときに歌う『ホッ・プカチタ』など、彼のオリジナル曲も聴いてみたくなる。
 一方、トクはそれまで不気味だとしか思っていなかったジュンが素晴らしい声の持ち主であることを発見する。そして言葉で歌うのが嫌いだという彼の不思議な話に惹かれる。ジュンがなぜ言葉が嫌いかというと〈意味と音の組み合わせが、勝手に決まっちゃってるのが嫌だし、その組み合わせが、とにかくすごく変だから〉。トクは自分が当たり前だと感じていることが、「すごく変」かもしれないということに気づく。つまり、ジュンにとっては言葉の意味と音の組み合わせを自明のものとしている社会のほうが気持ち悪いのだ。
 ふたりの少年がお互いの気持ち悪さを受け入れ、ひとりでは鳴らせない美しい音楽を奏でるまでの物語。打楽器のように響く声でしゃべる床屋のカン、〈すべての楽譜は、自分を世界地図だと思い込んでる馬鹿なコハクチョウだ〉と語る指揮者のイオタなど、大人たちの伴奏もユニークだ。孤独を貶めず、孤独に甘えず、他者と本当に出会う勇気を持つ。彼らの声が、できるだけたくさんの人に届くことを願う。

 (いしい・ちこ 書評家)

古谷田奈月『ジュンのための6つの小曲』978-4-10-334912-9