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書評・エッセイ

「山崎文学」への旅が、今、始まる!

――「山崎豊子全集」第二期(全四巻)『運命の人』『約束の海』

矢代新一郎

 弓成亮太、毎朝新聞政治部の外務省詰めキャップ、バリバリのエリート記者。花巻朔太郎、潜水艦「くにしお」船務士、やや優柔不断気味の海上自衛隊員。
 一見、全く対照的な男が、それぞれ主人公の『運命の人』『約束の海』ではあるが。数多の困難の末、二人は同じような思いを抱くようになる……。

 山崎豊子先生がお亡くなりになって、早一年。
 今、単行本で「山崎文学」を読みたいという多くの読者に好評頂き、全点増刷の第一期二十三巻(『暖簾 花のれん』から『沈まぬ太陽』まで)に続き、第二期全四巻の刊行が、一周忌に合わせ、満を持してスタート(九月〜十二月)。「荘厳な人間ドラマ」が、ついにフィナーレを迎える。

 山崎文学と言えば、壹岐正(『不毛地帯』)、恩地元(『沈まぬ太陽』)ら、主人公たちは皆、強固な志と矜持を持つ男たち。彼らは、人生の岐路にたった時、あえて困難な道を選ぶ。その決断が、幸せを呼ぶとは限らず、他人には理解されないかも知れず、犠牲を伴うことも分かっていても、節を曲げようとはしない――。なぜか。

 社会学者の大澤真幸氏は、「山崎豊子は、戦後日本文学の中で『本ものの男』を描いた唯一の作家だった」と書く。
「普通は勝つことが男らしさの源泉だと思われているが、山崎作品は、そうではない、と教えてくれる。『私は負けた。けれども……』という逆接に『男らしさ』が宿るのだ」(「戦後日本の『本ものの男』」、第二期第2巻収録)

 全集第二期の二人、弓成亮太、花巻朔太郎も、巨大な壁にぶつかる。そして、どんな風に敗れ、どんな風に這い上がっていくのか。負け方も、その後の振る舞いも、またしても対照的だが、己の厳しい道を再び掴もうとあがき苦しむ彼らの姿を見る時、ここにも紛れもない「本ものの男たち」がいると、読中感が深まっていく。

 この全集の更なる特長として。①山崎さんの単行本未収録エッセイ「『大地の子』と『運命の人』」(2巻)ほか、小説関連エッセイ多数(1〜4巻)。②『約束の海』幻のシノプシス「パールハーバー」四話分初公開(4巻)。③山崎ドラマの俳優陣や往年の担当編集者による「偲ぶ会」での、心のこもった弔辞の数々(1〜3巻)。④長年の秘書の野上孝子氏の寄稿「追悼 山崎豊子先生の素顔」(1巻)。⑤担当編集者らによる執筆裏話(4巻)。⑥完成版略年譜(4巻)。その他書評や新聞ニュースなども収録と、小説をより立体的に、また深く味わうための「エッセイ」「付録」を充実させた。

『約束の海』執筆にあたって山崎さんは言った。
「戦争は私の中から消えることのないテーマです。戦争の時代に生きた私の、“書かなければならない”という使命感が、私を突き動かすのです」と。
 来年は、戦後七十周年を迎える。山崎さんが、その生涯を賭して言いたかったことは何なのか。答えは、必ずこの全集の中にあるはずだ。
 さて、冒頭に掲げた二人の主人公の共通点とは。
 沖縄への思いであろう。一人は昭和二十年の沖縄の戦争を記録し今に繋げ、もう一人は多くの戦死者が今も眠る沖縄の海を再び戦場にしてはならないと誓う。こうして弓成から花巻へ手渡されたバトンは、全集読了後、今度は、読者に手渡されることになる。
 山崎全集は、第一期第二期全二十七巻として、この十二月に完結するが、「山崎文学」を味わうための旅は、たった今、始まったばかりだ。

 (やしろ・しんいちろう 新潮社山崎プロジェクト編集室室長)

山崎豊子 山崎豊子全集第二期第1巻『運命の人(一)』978-4-10-644534-7