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書評・エッセイ

武士たちの肖像を格調高く

――青山文平『約定』

池上冬樹

 青山文平のデビュー作『白樫の樹の下で』(第十八回松本清張賞受賞作)を読んだとき、気品あふれる清新な(ときに詩的な)文体に驚き、これぞ正統派の時代小説の作家だと思った。殺人鬼(「大膾」とよばれる辻斬り)の謎を追いながら、三人の武士たちの友情を描く物語は、海外ミステリ的にいうならサイコ・スリラー的要素をもつ青春成長小説となるだろう。とても新人ばなれしていて感心したのだが、ただ、かつて作者が志向していた純文学の根が気になった。
 たとえば、だれが殺人鬼なのかというフーダニットの興趣やサスペンスの醸成よりも、作者は、絶望的な状況下の心理劇に重きを置く。ミステリに必要な探索劇のヒーローではなく、情報を与えられるだけの傍観者的な立場にたつ。それでも逆に、ありふれた軌道を通らず、先の見えぬ展開が面白く、主人公が追い込まれる状況での苦悩も迫真的だった。
 さて、最新短篇集『約定』には六本の短篇が収録されている。あいかわらず純文学の根が残っている部分もあるが、ヒーローたちは探索劇の主役として魅力を放っている。
 まず、面白いのは冒頭の「三筋界隈」だろう。用心棒で稼いで小さな道場を維持している浪人が、偶然介抱することになった行き倒れの痩せ侍の頼み事をきくはめになる。その頼み事とは何か? そして顛末は? 終盤の劇的な展開とオチが鮮やかである。
 劇的ではないものの、意外な成り行きで読ませるのが、「春山入り」である。藩主が江戸から儒者を招こうとするが、それを阻止する動きもあり、護衛につく武士は、襲撃側に竹馬の友がいて悩む。戦わざるをえない者たちの惑いを軸に据えながら、そこに子供を二人失った夫婦の絆を絡めて、予想外の温かな結末へと向かう。後味のとてもいい小説だ。
 武士の惑いといえば、「夏の日」も忘れがたい。飢饉からの復興で知行地の名主の鑑とたたえられた男が抱える秘密を、いじめにあい引きこもる書院番士が明らかにする。決断できない若き武士が、急展開の状況のなかでとる行動とは? 武士の再生というテーマが最後に際立つ一篇だ。
 そのほか釣りの最中に筏から足を滑らせて水死した男の謎を探る「半席」、嫁入りした女が知る家と夫の素顔「乳房」、そして果し合いの姿のまま、なぜか独りで腹を切った侍の謎を追う表題作「約定」である。
 一言でいうなら、江戸の天明期を生きる様々な武士たちの肖像を捉えた短篇集といえるだろう。いわゆる武家ものであるが、武家ものにありがちな藩の内部抗争や公儀隠密、武士の道を説く士道小説でもない。当時の制度や風俗を前面に押し出した職業小説に近い。
 たとえば、「春山入り」がいい例だが、ここでは変わり行く武士たちの姿が描かれている。武家は郷村から城下に集められ、武家と百姓との繋がりを弱めたことが、田畑の荒廃を招いた。そのために、改めて武家を郷村に根付かせて、天明の地侍を育てる制度(郷村出役)が実施された。町を捨て、書物を捨て、土地に還った地侍たちにも武家本来の姿がある(その一端は「夏の日」にもある)。とはいえ、もはや刀など必要としない時代にあっても、それでも生死を賭けた使命がもたらされる。青山文平は、武士としての使命と矜持と戦いを、緊迫感に富む見事な筆致で描いていく(相変わらず文章は格調高く美しく繊細だ)。
 刀や釣りへの愛が強くて語りすぎたり、職掌の細部が過剰だったりする嫌いもあるけれど、それが物語のリアリティを高めているのも事実だろう。武家生活の説明や主人公の回想が物語の流れを阻害しているところも見受けられるが、そのゆったりとした稠密な語りこそ青山文平であり、中盤からは一転してテンポをあげ、読者をぐいぐいと引っ張っていく。いちだんと腕をあげたし、人間の高潔をうたう青山文平節も高らかに響き、心地よい読後感がいつまでも残る。本格的な時代小説家としての成果を伝える出色の作品集である。

 (いけがみ・ふゆき 文芸評論家)

青山文平『約定』978-4-10-334232-8