書評

2014年8月号掲載

難解な中国古典を面白く解き明かす新旗手

円満字二郎『ひねくれ古典「列子」を読む』

諏訪原研

対象書籍名:『ひねくれ古典「列子」を読む』
対象著者:円満字二郎
対象書籍ISBN:978-4-10-603753-5

“ひねくれ”とは、これまたお堅いイメージの中国古典の解説書としては、何とも“らしからぬ”タイトルである。が、本書を読み進めていくと、この“ひねくれ”という命名が決して奇をてらったものでなく、至極もっともなネーミングであることに気づくはずである。
 列子は、中国の春秋戦国時代の紀元前五世紀後半から四世紀初めにかけて活躍した思想家で、系統的には無為自然を説く道家に属する。彼の言行を記したのが『列子』で、全八編一四〇余章からなる大部の書物である。
『列子』の魅力は、何といっても奇想天外な寓話にある。「朝三暮四」「多岐亡羊」などの成語のもとになった話や、天下一の力持ちだというのに臆病そうな男、何もかもあべこべに見えてしまう不思議な病気など、面白い話が次々に登場する。
 本書では、それらの中から幾つかを選びだし、「漢文学を専門に勉強したわけではない私」(「あとがき」より)が、素人目線で『列子』の魅力を論じようという趣向である。
『列子』にある寓話といえば、漢文の教科書にもよく載っている「杞憂」の話をまず思い浮かべるだろう。天地が崩壊するのではないかと心配する杞の国の男を、そんなことは要らぬ心配だと友人が慰める話である。
 実はこの話にはまだその先があって、その後に展開される逆説に次ぐ逆説こそ、『列子』の真骨頂であり、そこには“ひねくれ”の精神がよく現れていると、著者は熱っぽく語る。
 本書で取り上げるのは二〇話であるが、なかでもイチオシなのがロボットの出てくる話である。先日、ソフトバンクが、人間の感情を認識して会話もできるロボット「ペッパー」君を発表したが、この話は紀元前一〇世紀頃の大昔が舞台である。
 周の王様に或る腕利きの技術者がロボットを献上する。ところが、そのロボットは“男”だったらしく、王の愛姫たちにウインクする。それを目ざとく見つけた王様が、けしからんといって……、あとは読んでのお楽しみ。
『列子』は、『老子』や『荘子』に比べて深遠な思想を秘めているわけではないが、「次を読みたい」という期待感を抱かせるという点で、すぐれて物語的であると著者は言う。
 そういう著者も、なかなかのストーリーテラーで、中国古典の持つ堅苦しさを払拭するために、「です・ます」調を使ったり、「マッチョな筋肉オタク」「キャラが立つ」などの俗語を織り込んだりして、表現に工夫を凝らしている。
 著者は、『人名用漢字の戦後史』(岩波新書)でライターとして出発し、主に漢字や言語に関する本を多く発表してきた。本書は、“中国古典を論じる”という新たな方向に舵を切った最初の作品である。難解な中国古典を面白く解き明かす新旗手の登場に大いに期待したい。

 (すわはら・けん 河合塾漢文講師)

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