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書評・エッセイ

『かもめのジョナサン 完成版』刊行記念特集・伝説のかもめが帰ってきた

五木寛之ゆえに

北上次郎

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『かもめのジョナサン 完成版』が出るという。『かもめのジョナサン』は1970年に書かれたが(日本での翻訳刊行は1974年)、その版ではパート3までしかなかった。今年の2月、アメリカでパート4が新しく加えられ(あちらでは電子書籍でのみ刊行)、日本でもそれを足した「完成版」が刊行されるという。
 そうか、あれからもう40年がたってしまったのか。なんだかとても感慨深い。このファンタジーとも寓話ともつかない物語がアメリカで、そして日本でなぜあれほど売れたのか、正直に書くとよくわからない。これがどんな本かということについては、
「ほとんどのカモメは、飛ぶという行為をしごく簡単に考えていて、それ以上のことをあえて学ぼうなどとは思わないものである。つまり、どうやって岸から食物のあるところまでたどりつき、さらにまた岸へもどってくるか、それさえ判れば充分なのだ。すべてのカモメにとって、重要なのは飛ぶことではなく、食べることだった。だが、この風変りなカモメ、ジョナサン・リヴィングストンにとって重要なのは、食べることよりも飛ぶことそれ自体だったのだ。その他のどんなことよりも、彼は飛ぶことが好きだった」
 という冒頭の部分を引用すれば充分だろう。そうして飛ぶことのさまざまな練習をする姿を描いたのが本書である。そこにさまざまな意味を見いだすことは可能だ。自分の限界を超えようとするジョナサンに、克己の心を読み解く人もいただろうし、「やがてジョナサンは、カモメの一生があんなに短いのは、退屈と、恐怖と、怒りのせいだということを発見するにいたった」というところに、与えられたものではなく、創造することの重要さを感じ取る人もいたに違いない。飛ぶことの生徒が増えてくる後半の展開に、宗教の成り立ちを読む人もいたかもしれない。’70年前後のアメリカ西海岸のヒッピーたちがまわし読みしているうちにひろがったという伝説があるようだが、それらを重ね合わせて考えると一つの道筋が見えてくるとも言えそうである。
 しかし我が国で売れた理由にはもっと別の理由もあったような気がしている。その翻訳者(本書では創訳となっている)が五木寛之であったことだ。
 その存在が当時どれだけ大きかったのかを説明するのは難しい。1966年に「さらばモスクワ愚連隊」で小説現代新人賞を受賞し、翌年の「蒼ざめた馬を見よ」で直木賞を受賞。一躍売れっ子作家に躍り出た――という履歴からは窺い知れない大きさがある。
 当時は、小説現代、オール讀物、小説新潮の御三家で百万部を突破するという「中間小説誌の時代」で、それを牽引したのが五木寛之(と五木の翌年に直木賞を受賞した野坂昭如)だった――という話を始めると長くなるので別の機会にするが、この作家の真の凄さは、いま売れているということではなく、いま世界を変革しているという確信(それはグローバルな視野と思想を持った作家が同時代にいるという胸の鼓動だ)を与えてくれたことだ。すなわち、ただのベストセラー作家とは意味が異なる。我が国の戦後エンターテインメントに五木以前と五木以後という区分が出来るほどなのである。
 そういう作家が休筆して3年目の1974年に、『かもめのジョナサン』を翻訳したのである。もちろん、アメリカのベストセラーが日本に上陸したので読んでみたという読者も多かったに違いないが、あの五木寛之が翻訳したのか、という読者も少なからずいたに違いない。時代の最先端にいる作家が係わっていることへの興味、と言い換えてもいい。それはけっして無視できない。
 今回新たに付け加えられたパート4ではジョナサンがいなくなった世界で何が起きたのかを描いているが、いまでも私はなぜこの物語があの時代に売れたのかわからない人間である。このパート4を加えた「完成版」の意味も、正直に言えばよくわからない。それにベストセラーは嫌いだし。しかしこの「完成版」を手に取ると、どうして五木寛之はこれを翻訳したんだろうと懸命に考えていた若き日の自分が浮かんでくるのである。

 (きたがみ・じろう 書評家)

リチャード・バック著/五木寛之創訳『かもめのジョナサン 完成版』978-4-10-505805-0