書評

2014年6月号掲載

「もてない日本人」から「世界にもてる日本人」へ

平川祐弘『日本人に生まれて、まあよかった』

平川祐弘

対象書籍名:『日本人に生まれて、まあよかった』
対象著者:平川祐弘
対象書籍ISBN:978-4-10-610569-2

 夏目漱石は明治四十二年、満州・朝鮮を旅して「日本人に生まれて、まあよかった」と言った。差別発言だと非難する向きがいるが、私は長く欧米で学び教え、中国や台湾や韓国でも講義した体験から、東アジアの中で言論自由の日本に生きて「まあよかった」と感じている。日本が安全に発展することを願い、明治以来の歴史を顧みつつ、比較文化史家としての見地から、国家再生の処方箋を書いてみた。
 私たちは世界の中の一国民として生きることを余儀なくされている。国際主義に対する反動としての精神の鎖国は許されない。グローバル化の時代に必要な知性とは、内外の人と交際し自分の位置を「三点測量」できる力――相手を知り自分を知り、しかもその上で相手の言葉を使って自己の立場をきちんと説明する力である。外国語による自己表現こそ、これからの日本のエリートに求められる役割だ。日本の死活はそこにかかっている。
 近現代史の解釈にしても、理由を明示し、修正すべきは修正せねばならない。西洋本位がすべてではない。ましてや中・韓本位の歴史観が正しいわけでもない。相手の価値基準に従うだけが「良心的」であるはずはない。多くの日本人は「歴史認識」問題の正体がわかり出して苛立ち始めた。ではなぜ今まで上手に反論できないでいたのか。
 日本人が陥りやすい精神の落とし穴とは何か。それは外国との接触を強いられると表面化する。
 一、世界の中の日本の位置がわからない。日本語でもよく説明できないから、ましてや外国語ではとても相手を納得させることは出来ない。
 二、ただ単に自己主張できないばかりか、その場凌ぎに相手の言い分に従ってしまう(国際会議で反対すると意見を求められるので、ついYESと一言で済ませてしまう)。
 三、自己の正義を主張するどころか、日本は悪い国だ、という相手の説にうなずく。とりあえずその場は謝っておけばいいという無責任な人にその傾向は顕著である。
 四、外国に向けて自己主張は出来ないが、日本国内に向けては「国際派」として国際主義を説く。そうした人は、学者にせよ記者にせよ、日本は劣っているから外国に学べと主張する。それは結構だが、中には日本が悪いから謝罪しろ、と相手の主張に盲従する人も出て来る。この種の「良心的知識人」は、実は右にあげた一、二、三の「不完全日本人」の延長線上の存在で、外国人の日本叩きに協力することで内外に認められようとする。
 ――そんな「もてない日本人」では精神面でも軍事面でも独立は維持できない。「世界にもてる人材」を養成するにはどうすればよいか。本書では生存戦略としての外国語教育についても説いた。英語も日本人としてのアイデンティティーも身につける事の可能な、一石二鳥の語学教育法をご覧いただきたい。

 (ひらかわ・すけひろ 東京大学名誉教授)

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