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書評・エッセイ

読む前の期待と、読んだ後の満足と

――西條奈加『上野池之端 鱗や繁盛記』

細谷正充

 食べる前の期待と、後の満足。このふたつが釣り合って、初めて満たされる。

 右に引用したのは、本書の一節である。料理についての記述だが、作者の創作論であり、本書の本質を突いたものになっている。そう、西條奈加の最新刊は、読む前の期待と、読んだ後の満足が釣り合った秀作なのだ。
 本書は全六作で構成された、連作短篇集である。舞台は上野池之端にある料理屋の「鱗(うろこ)や」だ。といっても料理屋とは名ばかり。実際は、連れ込み宿同然である。主人や料理人もやる気がなく、店は煤けている。そこで働くことになったのが、信州の片田舎の村娘のお末だ。従姉のお軽が働いていたが、良縁に恵まれ店を辞めることになり、その代わりとして女中にならないかと、伯父から話を持ち込まれたのである。
 ところが伯父の美辞麗句は、真っ赤な嘘だった。確かな料理屋だという「鱗や」は先述の通り。さらにお軽は、出入りの振り売りと駆け落ちして、行方を晦ましたとのこと。なれない仕事と、お軽の件で引け目を感じ、お末は、暗い気持ちで働くことになる。だが、三ヶ月前に「鱗や」の入婿になった若旦那の八十八朗から、店を立派な料理屋にしようと思っていると聞き、気持ちが上向いていく。
 冒頭の「蛤鍋(はまぐりなべ)の客」は、そのような経緯を綴り、舞台と人物を整えたところで事件が起こる。お末が、客の煙草入れを盗んだという容疑をかけられるのだ。それを救ったのが、八十八朗である。鮮やかな推理で真相を見抜き、巧みな弁舌で事を丸く収めた若旦那を尊敬し、お末の心も明るくなるのだった。
 現在、文庫書き下ろし作品を中心にして、料理や料理人を題材にした人情時代小説が流行っている。こうした物語で重要なのは、いかに料理を美味しそうに書くかである。その点、本書は抜群だ。当然だろう。すでに作者は、現代ミステリー「お蔦さんの神楽坂日記」シリーズで、料理好きな男子中学生を主人公にしている。その中学生が作る数々の料理が、実に美味そうなのだ。本書でも、
「蛤鍋は味噌仕立てや、昆布で出汁をとるものも多い。だがそれでは、蛤の旨味が出た汁の味を損なってしまうからね。やはり水だけで炊いた蛤に、ほんの少し酒を落としたものが、いちばん美味しいと私も思うよ」
 と、八十八朗がいう蛤鍋を始め、桜めし、鰻の茶碗蒸し、鮟鱇の雑煮などなど、次々と美味しそうな料理が登場する。おそらくは料理に一家言あるだろう作者が、腕をふるった美味を、存分に楽しむことができるのだ。
 もっともそれも、優れた物語があってのこと。普通の料理屋かと思って読み始めた読者は「鱗や」が、連れ込み宿同然と知ったとき、とまどいを覚えたことだろう。だが、そこに作者の企みがある。話が進むにつれて、本書の狙いが、お末というヒロインの成長を、「鱗や」の改革と絡めて描こうとしていることが、明らかになっていくのだ。少女と店が、響き合うようにして、伸びていく。ここが本書の、大きなポイントとなっているのである。
 さらに、ミステリーのテイストも見逃せない。第一話の盗難騒動に続き、第二話「桜楼の女将」では、お末が女中修業に行った料理屋「桜楼」の女将が、主人殺しの罪で捕われてしまう。第三話「千両役者」では、店名を高めるため「鱗や」に歌舞伎役者を招いた席で、アレルギー中毒事件が発生する。もちろん、どちらの事件も八十八朗が解決。なるほど本書は、若旦那を名探偵にしたミステリーでもあるのか。読みどころの多い作品だと、あらためて感心したものである。
 ところが第四話「師走の雑煮」から、ストーリーの方向性が、「鱗や」の謎へと、少しずつシフトしていく。そして、お軽の駆け落ち事件の真相が判明する「春の幽霊」を挟んで、最終話の「八年桜」で、驚くべき事実が暴かれるのだ。テイストどころではない。堂々たる時代ミステリーではないか。いやはやなんとも、第一話を読んだときは、こんな内容になるとは思わなかった。予想外の展開で、ぐんぐん読者の興味を引っ張る、作者の手腕が素晴らしい。
 しかも最後の最後で、お末の成長と「鱗や」の改革へと、物語は回帰する。そして、ヒロインが頑張ったからこそ至ることのできた、心温まる光景に、嬉しくならずにはいられない。まさに本書は、読む前の期待を上回り、読んだ後に深く満足できる、充実の一冊なのである。

 (ほそや・まさみつ 評論家)

西條奈加『上野池之端 鱗や繁盛記』978-4-10-300316-8