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書評・エッセイ

ムシロシロウトノホウガヨイボウエイチョウチョウカンサカタミチタガナシトゲタセイサクノダイテンカンシンチョウセンショむしろ素人の方がよい―防衛庁長官・坂田道太が成し遂げた政策の大転換―(新潮選書)

佐瀬昌盛

1,037円(税込)

「素人だからダメ」は本当か? 政治家の「手本」がここにある。

1974年に三木政権の防衛庁長官に就任した坂田は、防衛・安全保障の「素人」を自認しながら、「玄人」にはできない数々の改革を推進。「防衛計画の大綱」策定など日本の防衛政策に大きな足跡を残した。在任期間は歴代最長の747日。その業績から日本の防衛政策と自衛隊の歩み、そして政治家のあるべき姿を描きだす。

あえて「玄人」にならなかった政治家

佐瀬昌盛『むしろ素人の方がよい 防衛庁長官・坂田道太が成し遂げた政策の大転換』

戸部良一

 坂田道太は不思議な存在感のある政治家だった。大学で全共闘運動が激しく展開されていた頃、私は学生だったが、そのときの坂田文部大臣は、権力をギラつかせた政治家というよりも、穏やかな学究の徒のような印象が強かった。むろん政治家である以上、権力を超越していたわけではあるまい。むしろ、かなりしたたかな政治家であった。本書は、防衛庁長官としての坂田に焦点を絞り、そのしたたかさを鋭く抉りとっている。
 したたかだったと言っても、坂田が術策を弄したというわけではない。また、表の顔は穏やかだが、裏では腹黒い取引にかまけていた、といった意味でもない。坂田のしたたかさは、政治家としての責任をしっかりと果たすことに発揮された。防衛問題には「素人」であることを標榜しながら、きちんと勉強して長官としての務めを果たしつつ、しかしその勉強ぶりをひけらかさなかった。防衛問題に精通するようになっても、あえて「玄人」たろうとはせず、あくまで「素人」としての発想から防衛政策の見直しを図った。「素人」としての謙虚さと大胆さを持ち続けたのである。
 したたかな防衛庁長官であった坂田の実像を、本書は、基盤的防衛力構想に基づく「防衛計画の大綱」の策定過程を中心に丹念かつ綿密に描いている。この時期の防衛政策を研究するには、まだまだ一次史料が不足しているが、本書は熊本の坂田家に残された私文書をふんだんに駆使して、それを補っている。むしろ、官僚機構内の文書に寄りかからない分、本書は、長官坂田が何を考え、どのように政策を進めていったかをストレートに描くことができたように思われる。
 坂田は、政治的惰性や官僚的作文ではなく、「防衛哲学」に裏付けられた防衛計画をつくろうとしたのだ、と著者は強調する。坂田はそのために権力を使った。政治家は権力を目指すものであり、権力を握ろうとするからこそ政治家になるのだが、何のための権力かを忘れてしまう政治家も少なくない。その点で、坂田は何のための権力かをつねに意識し、深く考えていた政治家だったと言えるだろう。
 坂田の人間味あふれる側面も興味深い。例えば、自衛隊員の生活環境への配慮がそうである。ただし、その配慮は単なる「温情」ではなかった。自衛隊員を日本社会の「異物」としないことが、シヴィリアン・コントロールの重要な条件だと坂田は喝破したのである。坂田は最も頻繁に隊員に語りかけ、国民に訴えた防衛庁長官だったという。こうした坂田の姿勢を、本書は「教育者的」長官と形容している。むべなるかな、である。
 坂田は温厚そうに見えながら、きっぱりと筋を通し、根本的な政治信念の面では少しもブレなかった。著者は最後に、坂田の出処進退が「美しかった」と述べている。坂田にとって、おそらくこれ以上嬉しい褒め言葉はないに違いない。

 (とべ・りょういち 国際日本文化研究センター教授)

佐瀬昌盛『むしろ素人の方がよい防衛庁長官・坂田道太が成し遂げた政策の大転換』978-4-10-603740-5