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書評・エッセイ

センソウノニホンチュウセイシゲコクジョウハホントウニアッタノカシンチョウセンショ戦争の日本中世史―「下剋上」は本当にあったのか―(新潮選書)

呉座勇一

1,296円(税込)

源平合戦から応仁の乱まで、中世の二百年間ほど「死」が身近な時代はなかった――。

手柄より死を恐れた武士たち、悪人ばかりではなかった「悪党」、武家より勇ましいお公家さん、戦時立法だった一揆契状……「下剋上」の歴史観ばかりにとらわれず、今一度、史料をひもとき、現代の私たちの視点で捉え直してみれば、「戦争の時代」を生きた等身大の彼らの姿が見えてくる。注目の若手研究者が描く真の中世像。

不勉強な者ほど観念に走る

呉座勇一『戦争の日本中世史 「下剋上」は本当にあったのか』

和田竜

 経緯は忘れたが高校生の頃、日本史の先生が水戸光圀の話を始め、「水戸黄門のTVドラマは欺瞞の最たるものだ。光圀は庶民を助けるが、そもそも庶民を困らせるような社会を作ったのは支配階級である武士たちだ」という意味のことを言った。
 当時の僕は、その議論の新鮮さと視点の置き方の斬新さに「なるほどっ」と膝を打ったものである。だが、いまとなっては、「そうは言ってもあの当時はあれが限界で、黄門さんもその時代の中でできることをやったんじゃないっすか」と思い、その先生の話を「無理があったなあ」とたまに思い出すことがある。
 この日本史の先生の歴史の捉え方は、本書でいう「マルクス主義の歴史観」あるいは「唯物史観」であろう。本文の言葉を要約すれば、搾取されている被支配階級が、支配階級に挑み社会を変革させていく、その階級闘争をもって歴史を評価するという歴史観である。
 本書はこの「唯物史観」に加え、先の大戦後の「反戦平和主義」が歴史、とりわけ戦に対する解釈に影を落としていると指摘する。過去の研究を踏まえつつ、それらの史観と主義を排除しながら語られる本書の戦は、僕にとってストンと腑に落ちるものだった。
「そういや、何か変だと思ってたんだよ」と思いながらも言葉にできず、「でも日本史の本に書いてあるんだからそうなんだろう」と思って放っておいたあの合戦や事柄が、実に人情にかなった形で語られる。「蒙古襲来」について教科書で語られ印象深いのは、当時の鎌倉武士は一騎打ちが基本で、集団戦を基本とする蒙古軍に名乗りを上げているうちに討ち取られたということだろう。
 この歴史を教えられた際、「何で鎌倉武士も集団で向かっていかなかったんだろう」と明確には思わなくても、「嘘でしょ」ときょとんとした覚えのある人は多いのではないか。でも教科書が言ってるんだから仕方がない。そんなものだったのかも知れんと首を傾げながら、授業は先に進んでいるという具合だったのではないだろうか。
 周知の通り、蒙古軍は優勢にもかかわらず船に引き上げ、撤収の途中で嵐だか台風だかに遭い、壊滅的な被害を受ける。だが、優勢なのに撤退したのはなぜか。本書の回答は単純である。考証は本文が面白いので省くが、「鎌倉武士が強かったから」だ。では、なぜ鎌倉武士は弱いとされたのか。本書では「反戦平和主義」の影響から「鎌倉武士は強かった」「日本軍は強かった」と主張することが憚られる風潮が生まれたのではないか、と指摘する。
 かといって本書の筆者は、日本人は唯物史観と反戦平和主義から脱却し、戦後レジーム(体制)から抜け出せと主張したいわけではない。このことは終章で語られるが、そのバランス感覚が絶妙で、具体を知る人の言葉だなと痛感した。不勉強な者ほど観念に走るものである。

 (わだ・りょう 作家)

呉座勇一『戦争の日本中世史 「下剋上」は本当にあったのか』978-4-10-603739-9