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対談・鼎談

ペンローズ『宇宙の始まりと終わりはなぜ同じなのか』刊行記念対談

美しくもクレイジーな宇宙論

超天才ペンローズ/天才は多数決に従わない/「知のデフレ」を終わらせよう

茂木健一郎(もぎけんいちろう) × 竹内薫(たけうちかおる)

超天才ペンローズ

竹内 茂木はペンローズに直接会ったことがあるんだよね。

茂木 うん、何度か会ったことがある。そもそも僕が脳科学をやりはじめたきっかけは、一九八九年にペンローズの『皇帝の新しい心――コンピュータ・心・物理法則』(みすず書房)を読んだことだからね。意識とは何かとか、創造性とは何かとか、あまりに深遠で、しかもぶっ飛んだ内容で、とても感銘を受けた。

竹内 どんな感じの人だった?

茂木 なんか妖精みたいな人だった。世俗のことはどうでもいいって感じで。

 何年か前にもオックスフォードの数学研究所で会ったんだけど、鍵束に十個ぐらい鍵がついていて、どれが研究室の鍵かわからない。で、普通だったらヘッドの部分の記号とかを見るじゃない。でもペンローズは、先端のギザギザのパターンを一生懸命見ているわけ。そんなの見てもわかりっこないだろうと思っていたら、「これだ」って一発でガチャって入った(笑)。

竹内 ペンローズは、幾何学的センスが抜群だからね。今回の本もそうだけど、数学的にすごく複雑な図形でも全部手書きで描いちゃう。普通はコンピュータに数式を入れて、やっとどんな格好になるかわかるものだけど、ペンローズは瞬時に頭の中に浮かんでくるみたい。

 数学もめちゃくちゃ出来て、もはや数学者なのか物理学者なのかわからない。ジャンルを超えた本物の天才です。

茂木 ノーベル賞は貰ってないけど、間違いなく二〇世紀が生んだ最大の天才の一人だよね。じつはノーベル賞受賞者でも、そんなに頭の良くない科学者ってたくさんいるけど、ペンローズは誰がどう見ても超天才ですから。

竹内 とくに重力理論の分野では絶対に外せない研究者。ノーベル賞って実験か観測で証明できる範囲しか出せないから、ペンローズが提唱しているような壮大な宇宙理論には出しようがないんです。

茂木 二〇世紀で言うと、コンピュータの理論的モデルを作ったチューリングや、 不完全性定理のゲーデルとかと同じレベル。玄人好みの大天才です。

天才は多数決に従わない

茂木 アーティストとしての感覚も素晴らしい。図形もそうだけど、英文が本当に美しい。今回の本のプロローグにも、トム少年とプリシラおばさんの物語が出てきますが、とても文才を感じさせる。

竹内 理論自体も、とても美しい気がする。なんか壮大な叙事詩みたいで。ホーキングも天才かも知れないけど、やっぱりペンローズほど美しくない。

茂木 なんとなくわかる。ペンローズが詩人だとすれば、ホーキングは散文の私小説家みたいな感じ(笑)。

竹内 なんでそう感じるのかな? やっぱり、ペンローズが「光」好きだからかな。光には重さがないから、じつにエレガントな世界が構築できる。

茂木 ツイスター理論も光だしね。ペンローズの研究は、どれも「もっと光あれ!」って感じだよね。

竹内 そう。宇宙論って重さが出てきた途端にドロドロになって汚くなる。その点、ペンローズの宇宙論は、「宇宙がどんどん膨張して薄まると、重さが無視できるから、すべては光みたいに光速で動く」と考えるので、宇宙は美しいまま。

茂木 ノーベル賞を取ったヒッグスの理論も、重さがあるからやっぱり「汚い」。そもそも現代の標準的な宇宙論って、ダークエナジーとかダークマターとか出てきて、なんか変なんだよね。もちろん今の観測事実を説明しようと思うと、そういうものを仮定しなくちゃいけないってことなんだけど……。

竹内 審美的なところで言うと、やっぱり定常宇宙論が一番エレガント。アインシュタインやホイルなどの天才たちも定常宇宙論が好きだった。ペンローズの宇宙論は、変化はするんだけど、また同じところに戻ってくるわけで、やっぱり数学的に美しい。

茂木 しかもクレイジーでもある。こんなぶっ飛んだ発想の宇宙論を作ったんだから、イグノーベル賞を貰ったっていいと思うよ。

竹内 循環する(サイクリックな)宇宙論自体は、じつは他にも結構ある。でも、「宇宙の始まりと終わりでは、物質は全部消えて、すべてが重さのない光になる。その世界では角度しか意味をなさない」なんてクレイジーなことを言ったのはペンローズしかいない。

 しかも、単なる思い付きじゃなくて、数学的な根拠もちゃんとある。一見まったく違うものを持ってきて、ズバッとイコールで結んじゃう。まさに天才としか言いようがない。

茂木 やっぱり熱力学の第二法則から議論をスタートするところがスゴイ。たしかに第二法則って矛盾が残っているわけだけど、普通みんなスルーして物事を進めるじゃない。でも、ペンローズは「変なものは変」と言って、標準的な解釈を受け容れない。

竹内 だから天才って多数決に従わないんですよ。みんなが多数決で一応「決めました」と言っているのに、平気で「それはおかしい」って、定説を丸ごとひっくり返すような新説を出す。本書でもその魅力がいかんなく発揮されています。

「知のデフレ」を終わらせよう

茂木 でも、この本って、前半のエントロピーとか説明している部分はポピュラーサイエンスのノリなんだけど、最後の核心部分、CCC理論の説明に入った途端に超難しくなるよね。

竹内 たしかに(笑)。でも、今はあまりに「わかりやすい」だけの本ばかりだから、たまにはこういう本があってもいいと思う。

茂木 そうそう。今の日本はチマチマしたセコい話が多いから、たまには壮大な宇宙論の本とかを読んで精神のバランスを取った方がいい。消費税が上がるとか、尖閣諸島がどっちの国のものだとか、もうどうでもよくなるからね。とてもスッキリする(笑)。

竹内 もう宇宙全体という壮大なスケールの話だから、点みたいに小さい太陽系の、さらに点みたいに小さい地球の、さらに点みたいな島のことなんて……まあ何とかなるだろうと思えてくる(笑)。

茂木 この本はぜひ中学生に読んで欲しいな。もちろん最初はわからないところも多いだろうけど、何度も読んでいればだんだん慣れてきて、数式の意味とかも「ああ、こんな感じかな」ってわかってくるはず。僕も中学生の時に解析学の本を買って、最初はさっぱりわからなかったけど、何度も見ているうちに自然にわかるようになったから。

竹内 そうそう。読書百遍ってやつですよ。今はわからないものにチャレンジしようというマインドが失われている。昔だったら「わからない自分が悪い」と思って頑張って勉強したのに、今は「わからないから、本が悪い」って開き直っちゃう。

茂木 アベノミクスと共にデフレが終わったじゃない。だから、今度はこの本を読んで「知のデフレ」を終わらせようよ。

 (もぎ・けんいちろう 脳科学者)
 (たけうち・かおる 科学作家)

ロジャー・ペンローズ著/竹内薫訳『宇宙の始まりと終わりはなぜ同じなのか』978-4-10-506591-1