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書評・エッセイ

深い、大きな静けさ

――斎藤明美『高峰秀子の言葉』

池内紀

 章ごとに高峰秀子の言葉がコバルトブルー地のページの白ヌキの中に入っている。
「人はあんたが思うほど、/あんたのことなんか考えちゃいませんよ」
「苦労は、磨き粉みたいなもんだね」
「わかる人は言わなくてもわかる。/言わなきゃいけない人は、言ってもわからない」
 澄んだ青空を背にして白い木が立っているぐあいである。私の大好きな山だが、山裾を少しのぼったところにそんな一角があって、いつも足をとめ、その前で呼吸をととのえる。白々とした幹がスックとのびており、見たところ枯れ木のようだがそうではないのだ。寒い季節をやりすごす手であって、こころなしか樹皮にぬくもりがある。空は晴れていても、もう小鳥はこない。もの音ひとつしない。木々がなおのこと辺りに静もりを生み出したぐあいだ。いまさらのように静寂という自然の基底音に気がつく。
 いずれ雪がみまって、ものが形を失い、死の静けさが訪れる。いや、死と見るのは人間の傲慢であって、人の目にふれないだけのこと。枯れ葉の下では新芽がめばえている。雪原に獣が小さな足跡をのこしている。
「一事が万事ということがあります」
「食べる時は一所懸命食べるといいよ」
 女優高峰秀子は五歳のとき子役でデビューして、五十年間スターでありつづけ、五十五歳でさっさと身を引いた。気が遠くなるほど多くの人に会い、さまざまな体験をした。映画スターというかげろうのような幻。そのなかで第一線を守り通しながら、時代のしり馬に乗らなかった。血縁という絆をタテに押しかけてくるせびり屋を、あの大きな瞳でじっと見ていた。そんな過去が言わしたのだろう。
「『親兄弟、血縁』と聞いただけで、裸足で逃げ出したくなる」
 ふつう人は幼年期から少年・少女時代を経て思春期、そして大人へと成長していくものだが、高峰秀子は幼年からすぐに大人になった。「人を見たら敵だと思いなさい!」「あれは怪しの者です」「男の人は職場で見るに限ります」「深い穴の底でじっとしていたい」。この幼児オトナは群れることを好まず、みずから選びとった自由のなかで、あざやかに自分流の人生をつらぬいた。
 たしかに「高峰秀子の言葉」だが、私は母親からほぼ同じ言葉を聞いた覚えがある。三十代で夫を失い、女手ひとつで四人の子供を育て、五十はじめに死んだ女だったが、おりにつけ「学校へゆかなくても人生の勉強は出来る」と言った。人は自分の「身丈に合った生活をするのが一番」を口癖にしていた。「人を見たら敵」と自分に言いきかせていたはずなのに、たあいなく人にダマされ、畳をたたいて泣いていた。
「高峰秀子の言葉」はとり立てて特別の言葉ではなく、退くことのできないキビシさを負いながら、この世をまっとうに生きた人ならきっと口にした言葉である。だからスゴイのだ。あれだけ緊張を強いられる華やぎの場で半世紀をすごし、氷のようにヒヤリとする人間の裏面を見て、くり返しネジでぎりぎりしめつけられるような局面に立ち会いながら、高峰秀子はいささかも本来の自分を失わなかった。いい言葉にはつねに静けさがあるものだが、高峰秀子の言葉には深い、大きな静けさがある。
「手って、有難いね」
「いい思い出だけあればいいの。/思い出はしまう場所も要らないし、盗(と)られる心配もない」
 それぞれの言葉の出た状況がつづられていく。著者は高峰秀子の晩年の約二十年間、ごく身近にいて親しく現場に立ち会った。言葉を復元していく過程を通して、運命的な生涯をあざやかに生きた人の意識の底にひそんでいたものが、チラリとかいま見える。この聡明な女性が自分の中に奥深くしまいこみ、めったなことでは気づかせなかった当のものだ。自分とのかかわりのなかで一つ、また一つとたしかめながら、それを語り部のように語ってきた。
 正確にいうと当書は「人間高峰秀子」の言葉、それも特定の一人にあてた言葉である。半生かけた映画に関しては、ただ一つだけ。
「女優なんて大したことねぇやと思った」
 昭和を代表する大女優にしては、あまりにさびしい言葉ではなかろうか。

 (いけうち・おさむ ドイツ文学者・エッセイスト)

斎藤明美『高峰秀子の言葉』978-4-10-322234-7