書評

2014年1月号掲載

動物が「幸せ」と「ご縁」を運んでくる

――野澤延行『獣医さんが出会った 愛を教えてくれる犬と幸せを運んでくる猫』

江戸家まねき猫

対象書籍名:『獣医さんが出会った 愛を教えてくれる犬と幸せを運んでくる猫』
対象著者:野澤延行
対象書籍ISBN:978-4-10-334891-7

 愛猫の主治医、野澤先生のご本には、人は「愛情を注ぐ対象を得るため」「育てることに喜びを感じるため」「人との関係では得られないものを求めるため」にペットと暮らし、その中で幸福や喜びを感じるとあります。確かにその通り。私の身内にも、まさにそうして幸せになった人がいました。
 十年以上前の話になりますが、写真家の立木義浩さんが我が家の家族写真を撮影にみえたことがあります。父の三代目江戸家猫八、母、妹、そして私が家の猫を一匹ずつ抱っこして、パチリ。ある雑誌に載ったその写真を見ると、満面の笑みを浮かべた父がオスの康(こう)を抱え、他の誰よりも嬉しそうに写っています。
 大きな声では言えませんが、父はもともと猫が好きじゃなかった。もちろん動物のものまねでは「盛りのついた猫」も定番でしたし、そもそも受け継いだ名前が猫八。なのに自分が苦手だからと、私が子どもの頃は猫を飼わせてもらえなかったのです。それがある日、妹が子猫を拾ってきたことで、風向きが少し変わりました。家のそばのゴミ箱に捨てられていた、まだ目も開いていない二匹のオス。当然、父はいい顔をしませんでしたが、里親が見つかるまで世話をさせて、という娘二人の真剣な表情を見て、最後は首を縦に振ってくれたのです。やがて子猫が元気になると、いつの間に情が移ったのか、父は飼うことを許してくれた。二匹が丈夫に育つように「健(けん)」「康」と名付けたのも、実は父なのです。
 父は亡くなるまで「あいつら、全然なつかねえな」なんて言っていましたが、健と康をはじめ、その後、我が家に住み着いた猫たちを見守りながら、きっと温かな気持ちになっていたはず。そうでなければ、あんな笑顔にはなりません。娘が親の手を離れる年頃になり、少し寂しさを感じていた父に、猫たちが新しい幸せを運んできてくれたのだと思います。
 この本には、父のように身近な動物から幸せをもらったエピソードが数多く登場します。どんなに家事や介護に追われても、シーズーと暮らすことで笑顔を忘れない女性。病院のベッドで意識を失い、大切にしていた愛犬の名前を呼び続けた男性。防衛庁(当時)の敷地に迷い込んできた野良猫の親子を、「猫なで声」で世話していた自衛隊員の皆さん。暴れん坊という印象とは違い、ロシアンブルーに心を許していた元横綱、朝青龍関。そして、私自身の話もちょっとだけ。人間関係が薄っぺらいといわれる世の中で、寂しさを感じたり、気持ちがささくれ立ったりしたとき、何の邪心もない動物が安らぎや優しさを与えてくれるのは間違いないのです。
 そして、先生もお書きになっていますが、もう一つ、動物たちが運んできてくれるものがあります。それは、ご縁。
 生まれた子猫をいただいて、親の飼い主さんとさらにお近づきになることもあれば、犬の散歩中に見知らぬ方と親しく話すようになることもある。かわいい子犬や子猫を道端で見つけたなら、自然とたくさんの人が集まってくるでしょう。動物たちが持っている、そんな「人と人とを出会わせる力」には本当に驚かされます。直接的ではありませんが、私の動物のものまね芸を楽しんで下さった方が、また高座を見に来て下さるのも縁です。我が家はまさしく動物からのご縁で食べているようなもの。
 そういえば、野澤先生と初めてお目にかかったのも、動物が縁でした。私がある舞台でオオカミの鳴き声を披露したところ、その打ち上げの席に偶然いらした先生がとても褒めて下さったのです。あの出会いがなかったら、この原稿を書かせていただくどころか、猫を連れて先生のクリニックを訪ねることもなかったかもしれません。
 何万頭ものペットを診てきた獣医師だからこそ知っている、人と動物の「幸せ」と「ご縁」が、この本には最初から最後までぎっしり詰まっています。
 私のまねき猫という名前は、「幸せ」を呼び、「ご縁」をむすぶもの。動物たちに負けぬよう、これからも技芸を磨き精進して参ります。

 (えどや・まねきねこ 寄席芸人)

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