書評

2014年1月号掲載

アウトサイド・レアケース~中途半端な僕らの逆襲~

――佐藤友哉『ベッドサイド・マーダーケース』

佐藤友哉

対象書籍名:『ベッドサイド・マーダーケース』
対象著者:佐藤友哉
対象書籍ISBN:978-4-10-452505-8

 嫁さんと銀座でデートをして、『YOU』でとろとろのオムライスを食べ、子供のクリスマスプレゼントを買おうと、『博品館』でトトロやらアンパンマンやらを物色していると電話が鳴った。担当編集者からだ。
「佐藤さん。恐縮です。新刊の件なのですが、十二月刊行に決まりました」
「十二月に出して誰が読むんですか(笑)」
「恐縮です(笑)」
「じゃあほら、装幀をクリスマスカラーにしましょうよ。『ノルウェイの森』みたいに」
「じつは、本当にその予定でして……」
「えーー」
 通話を終え、プレゼントをトランクに詰めて車を走らせているとき、ふと思う。
 この人生は誰のものだろう。
「三十代既婚男性」の中の人が僕ということに、まだ違和感があった。
 さて。みなさんはいかがですか。
 若者ですか?
 元・若者ですか?
 最近は、九〇年代やゼロ年代を総括する本などが出てきたり、当時を知らない若い子らの誤解したカルチャー認識(それはとても新鮮なんだけど)を見つけたりして、なんというか、年をとった。ふつうに。
 M君事件とか、阪神淡路大震災とか、オウム事件とか、酒鬼薔薇聖斗とか、9・11とか、そういうのに騒ぐ大人を「だるーい」とうんざりしていた僕も、とうとうそっち側の人間になったわけだ。老害予備軍だ。
『You Never Give Me Your Money』が、車のスピーカーからごく小さい音で流れている。ポールが愛すべきエルヴィスの真似をしながら、「ガッコを出てカネ使っちゃって未来もなけりゃ家賃も払えんね~」と歌い上げているところだ。
 やれやれ。
 ビートルズなんて、おっさんの聞くものじゃないですか。

 この長い前置きが物語っているように、僕はまだ成熟しきってはいない。行きつけの寿司屋もないし、ワインの銘柄も覚えられないし、自分の足のサイズも知らないし、目玉焼きはいつも焼きすぎちゃってカチカチだ。
 とはいえ、「成熟しないのが逆にカッコイイのです!」なんてオチに持っていくつもりはない。いやカッコイイとは思うけど、僕は残念ながら「永遠の子供」ではなかった。
 中途半端。
 似たような人は多いだろう。
 どうも残念でしたね。自分がアウトサイダーからアウトするなんて思ってなかったでしょう。年齢と立場が勝手にふくれあがり、配偶者や子供や部下がぐいぐい迫ってきて、「よっしゃ。おれにぜんぶまかせなさい~」とゲラゲラ笑いつつも、内心げっそりしている人はお客さまの中にいませんか?
「出世したのに辛い」「パートナーにぽっくり死んでほしい」「年齢的に正義のヒーローにはなれない」「夜中に食う牛丼がまずい」「ずっと退屈」という人に、本書を読んでもらえればうれしい。『ベッドサイド・マーダーケース』には、その先の人生を見せる力があると確信している。
 そう。これは小説の宣伝文なのです。
「新人の書いた強烈なデビュー作みたいですね」
 本書を読んだ某名物編集者に、そう云われた。
 僕には十年以上のキャリアと十冊以上の著作があるし、青春からも遠い状態にある。そんな人間の書いた小説が、若者の特権である「新人の書いた強烈なデビュー作」なる誉れ高い言葉で評された以上、本書は中途半端な僕らによる「逆襲の一冊」となるのだろう。

 この文章の前半を飾る銀座デートのくだりは嘘っぱちだ。『YOU』には行ったこともないし、東京の道はこわくて運転できない。それでもこの人生は本物だし、何歳になっても「デビュー作」みたいな本しか書きたくない。そういうものに、僕はなった。
 じゃ。最後はベタに。
『ベッドサイド・マーダーケース』、読んでください!
 内容と無関係なクリスマスカラーが目印です!

 (さとう・ゆうや 作家)

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