書評

2013年8月号掲載

“妖怪”ブームに沸く時代小説界の最強シリーズ

――高橋由太『もののけ、ぞろり 東海道どろろん』(新潮文庫)

末國善己

対象書籍名:『もののけ、ぞろり 東海道どろろん』(新潮文庫)
対象著者:高橋由太
対象書籍ISBN:978-4-10-127064-7

 いま時代小説の世界では、“妖怪”ブームが起きている。
 その発端を作ったのは、畠中恵〈しゃばけ〉シリーズと思われるが、高橋由太も間違いなく牽引役の一人である。
 高橋由太は、献残屋で働く周吉と妖狐オサキのコンビが、難事件を解決する〈もののけ本所深川事件帖〉、美少女幽霊を主人公にした江戸のラブコメ〈小風〉など、いくつもの妖怪シリーズを書き継いでいる。その中でも異彩を放っているのが、実在した宮本武蔵の弟子・伊織を主人公に、有名な武将や実際に起こった事件をからめながら進む伝奇小説であり、チャンバラシーンも満載の〈ぞろり〉シリーズである。
 物語は、伊織が死んだ母を甦らせるため外法を実行するも失敗、弟の《鬼火》が白狐の姿になるところから始まる。
 第一巻『もののけ、ぞろり』の「解説」で吉田伸子が指摘しているように、この導入部は明らかに荒川弘の漫画『鋼の錬金術師』を意識している。ただ〈ぞろり〉シリーズがオマージュを捧げているのは、『ハガレン』だけではない。
 武蔵の妻で外法を使うお通、武蔵の娘で母から外法を教わったおこう、伊織の父で武蔵の友人でもある又八、伊織や《鬼火》とも縁が深い一膳飯屋升屋の女主人お杉婆さんは、いずれも吉川英治『宮本武蔵』の登場人物の名前なのだ。
 つまり〈ぞろり〉シリーズの基本設定は、時代小説の歴史的な名作と人気漫画のハイブリッドなのである。
 これだけでも面白いのに、シリーズ・キャラクターも、安倍晴明の末裔で希代の陰陽師・御堂三之助の娘ユキ、おネエの真田幸村、隻眼の美少年の柳生十兵衛、美少女の竹千代(後の将軍家光)、ご意見番ともいえる徳川家康と魅力的なのに加え、“萌え”要素も盛りだくさん。これに白狐の《鬼火》、猫のさんすけ、升屋で料理人をしている豆腐小僧、おネエ妖怪の青行灯といった愛らしい動物と妖怪も華を添えているので、まさに最強のシリーズといっても過言ではないだろう。
 物語の基本は、《鬼火》を人間に戻すため、伊織が妖怪や外法の力を借りた武将と戦うというもので、第一巻は、徳川と豊臣の最終決戦となった大坂の陣が、実は織田信長を復活させる計画に利用されていて、その外法を行う黒幕との対決が描かれていた。第二巻『お江戸うろうろ』は、《鬼火》を人間に戻す秘薬「封」を求めて江戸に出てきた伊織兄弟が、妖怪に憑かれ辻斬りを繰り返す伊達政宗と戦い、第三巻『大奥わらわら』では、よしながふみの漫画『大奥』のように、竹千代のために美男子だけの大奥が作られ、そこにムジナ、百目鬼、青行灯ら妖怪が集められた謎を追うことになる。
 物語が進むにつれ、信長復活計画の阻止や「封」の捜索といったシリーズ全体に関わる事件も増えていて、これが先の読めないスリリングな展開の原動力になっているのである。
 さて、第四巻『東海道どろろん』は、家康から箱根の山に“死人の城”があると聞いた《鬼火》が、母との再会と人間の伊織に普通の生活をさせてあげたいとの想いから家出。さんすけ、青行灯と東海道を旅する道中記ものとなっている。
 前半は、十返舎一九『東海道中膝栗毛』を思わせる珍道中が描かれるが、箱根に到着すると状況が一変。《鬼火》一行が、妖怪の化け狸と妖狐の争いに巻き込まれることになる。
 有名な武将が意外な形で登場するのもシリーズの楽しみになっているが、第四巻では、若き日に伊勢新九郎を名乗った北条早雲の正体が化け狸のリーダー新九郎狸で、妖狐の集団こそが、早雲配下の凄腕の忍び風魔一族とされている。
 早雲が化け狸というのは荒唐無稽に思えるかもしれないが、著者は、早雲が当時としては高齢の五〇歳過ぎから武将としての活動を本格化した事実に着目。それは人間より長寿の化け狸だったからとするなど、独自の解釈で歴史を読み替えており、歴史が好きなら思わずニヤリとしてしまうだろう。
 新九郎狸は、動物も人間も飢えない国を作るため天下統一を目指した。この理想に化け狸とは仲の悪い妖狐も共感し、新九郎狸の配下になる。ところが、新九郎狸は権力の“魔”に魅入られてしまい、これが妖狐と訣別する原因となる。
 戦国時代に名を馳せた早雲と風魔が死力を尽くして戦い、そこに伊織にユキ、幸村と真田十勇士までが乱入してくるので、アクションの迫力はシリーズ最高峰といえるが、新九郎狸の変節には、同じようにスローガンだけは立派な現代の政治家への皮肉が込められているので、テーマは辛口である。
 第四巻でも強敵と戦った伊織たちだが、まだ肝心の謎は解かれていないので、シリーズの今後からも目が離せない。

 (すえくに・よしみ 文芸評論家)

最新の書評

ページの先頭へ