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書評・エッセイ

『無垢の領域』刊行記念特集

さまよう男女の心を映し出す艶やかな秀作

――桜木紫乃『無垢の領域』

池上冬樹

 第百四十六回直木賞にノミネートされたものの惜しくも受賞は逃したけれど、『ラブレス』(新潮社)は第十九回島清恋愛文学賞を受賞した。今年一月に出た『ホテルローヤル』(集英社)も第百四十九回の直木賞候補になっている(※七月十七日後記・嬉しいことに二回目の候補で受賞の運びとなった。感無量です)。まさに、いまもっとも注目されているのが桜木紫乃であり、『無垢の領域』は彼女の最新長篇である。
 物語はまず、道東の書道家が釧路図書館で個展を開く場面から始まる。秋津龍生は三歳から筆をもち、筑波大学卒業後には北京に留学したほどなのだが、いまだ一度も大きな賞をとっていない。四十を過ぎたいま、高校で養護教諭をしている妻伶子の給料で生活できているような状態だった。
 客は少なかったが、一人だけ、明らかに書のわかる若い女性がいた。芳名帳には林原純香とあり、どこか小学生のような仕種をしながら、「怖がって書いてる。紙のことも、墨のことも」と感想を述べる。図書館長林原信輝の妹だった。
 信輝は妹の不躾な感想をわびるが、秋津は一目で純香にひかれ、自らの書道教室へと誘いをかけるのだが、そこからそれぞれの心の奥底に眠っていた欲望がうごめきだす。
 小説はおもに秋津、信輝、伶子の三視点で語られていくが、物語的には純香を加えた四人が中心人物となる。純香が視点人物にならないのは、“二十五歳という年齢に心の成長が追いついていない”からである。いわゆる知的障害をもつ女性なのだが、作者は小説のなかで一度も“障害”という言葉を使っていない。むしろ“天使”という言葉を使って“無垢な透明さ”を見せる。天から書道という才能を与えられた天使の無垢にふれて、人は汚れた心を映され、嫉妬と欲望を覚え、葛藤を抱き、自らを省みるようになる。
 手掛かりとなるのは、ポール・ボウルズの『シェルタリング・スカイ』である。アメリカ人夫婦が友人とともにサハラ砂漠の奥へと旅に出る物語を、信輝は愛読していて(本を伶子にも貸す)、観光客と旅行者の定義を引いて、一定の期間で家に戻る観光客とは違い、自分は帰る場所を定めない旅行者であると考える。“いずれの土地にも属しておらず、何年もの期間をかけて、地球上の一部分から他の部分へと、ゆっくり動いてゆく”というのだが、どこに向かうというのか。
 アメリカ人夫婦が北アフリカの厳しい自然のなかで彷徨するさまは、道東に生きる人物たちがさまよう桜木紫乃の物語と呼応する。『氷平線』(文春文庫)『恋肌』(角川文庫収録時に『誰もいない夜に咲く』と改題)などの傑作短篇集を読めばわかるが、桜木紫乃は行き暮れた男と女たちの姿を北海道の風景にとけこませ、孤立した思いを、さまよう愛と性のなかで際立たせる。どちらかといえば暗い不安に裏打ちされていたけれど、『ラブレス』は一転してさまようことの喜びを謳いあげていた。“生まれた場所で骨になることにさほどの執着心を持たせない。それでいて今いる場所を否定も肯定もしない。どこへ向かうのも、風のなすままだ”と力強かった。
 本書もまた、さまよう男と女たちの物語である。仕事もある、家庭もある、故郷に根付いて生きているはずなのに、心と身体は何かを求めてさまよっている。いつもの桜木紫乃なら、その渇きを癒すものとしてセックスを描くのに、この小説ではそれを抑え、より心理を深く追い求めていく。章ごとに視点をかえていくから、心理小説としての趣もあるし、巧妙に伏線の張られたミステリの味わいもある。
 なかでも秋津の章が、不安と波瀾にそよいで、読者をひきつける。経済的に妻に依存していて、その穴埋めではないけれど、寝たきりの母親を率先して介護をする秋津は、純香に憧れ、妻に嫉妬し、認知症気味の母親に苛立つのだが、それらがやがて思いがけない形となる。中盤のひねり、終盤の劇的な展開と意外な真相には、軽い昂奮を覚えるのではないか。
“移ろいゆく男女の心のすべてを砂が物語るような、乾いた映画”と作者は映画『シェルタリング・スカイ』を評しているが、さしずめ本書は、さまよう男女の心のすべてを道東の自然が物語るような、艶やかな小説となるだろうか。しかも、より沈んだ暗い色調が愁いを深め、忘れがたい印象を残す。作者の代表作のひとつといえる秀作である。

 (いけがみ・ふゆき 文芸評論家)

桜木紫乃『無垢の領域』978-4-10-327723-1