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書評・エッセイ

良質の歴史小説のような物理学史

――マンジット・クマール『量子革命 アインシュタインとボーア、偉大なる頭脳の激突』

竹内薫

 物理学の歴史というと、たいていの人は「自分には関係ないや」と思うだろう。だが、物理学は意外に身近であり、日常生活のあらゆる場面に顔をのぞかせる。
 たとえばあなたがスマートフォンをいじっているとしよう。それは物理学の成果を元に設計され、組み立てられている。スマホの中では、電子が所狭しと走り回っている。いわゆるエレクトロニクスというやつである。あるいは病院で受けるMRI検査の原理も物理学だし、工場で使われるレーザーも物理学なのだ。
 いま、物理学といったが、実は、ここであげた例はすべて「量子力学」の応用だ。つまり、現代のハイテクの根底にあるのが量子力学なのである。
 しかし、これだけ人類に貢献している量子力学なのに、それがどうやって発見され、応用されるに至ったのか、学校ではほとんど教えてくれない。もし、あなたが量子力学の歴史をよく知らないなら、私はこう忠告したい。「こんな知的エンタテインメントを見過ごしたら、大損しますよ!」。
 量子力学は、ワクワクドキドキの宝庫だ。通常は、物理学をある程度専門的に勉強した人でないとその興奮を味わうことができない。でも、すぐれた書き手が、数式を使わずに、量子力学の驚きの歴史を一般読み物として世に送り出してくれれば話は別だ。
 故・朝永振一郎博士(1965年度ノーベル物理学賞受賞)が量子力学の不思議な世界を描いた『光子の裁判』というエッセイがある。量子の一種である光子が、ある地点から別の地点まで移動したとき、途中の「経路」が存在するか否かが、このエッセイのテーマだ。量子力学に馴染みがない読者は驚くかもしれないが、(古典的な粒子とちがい、)量子に経路があるかどうかについて、科学者たちは真剣な議論を続けてきた。
 本書『量子革命』は、ドイツの製鉄業や鉄血宰相ビスマルクといった話に始まり、量子の経路という不可解な謎の解明までが、臨場感あふれるタッチで描かれる。そこにあるのは、壮絶な人間ドラマだ。この本の読後感は、ちょうど、良質の歴史小説のそれに近い。戦場を駆け抜ける英雄の代わりに、ここには知的アリーナで丁々発止の一騎打ちをくりひろげる科学者たちの勇姿がある。
 私はこれまでに量子力学の本を何十冊も読んできたが、その多くは、数式を駆使して、理論のエッセンスを伝える類の本だった。あるいは、ハイゼンベルク、アインシュタイン、ボームといった、量子力学の立役者たちの伝記もたくさん読んできた。だが、この本のように、量子力学全般にまつわる歴史人物伝には、あまりお目にかかったことがない。おそらく、あまりにも多くの科学者が量子力学の建設にかかわっているせいで、バランスの取れた歴史を書くのは大変なのだ。実際、サイエンス作家の私にしても、下調べの手間を考えたら、量子力学の歴史なんぞ書こうとは思わない。この本の著者クマールは、きわめて厄介な大仕事をなしとげたわけである。
 私は個人的に、本の終わりに近づくにしたがって、どんどん話が面白くなっていくように感じた。原爆の父と称されるロバート・オッペンハイマーとその弟子デーヴィッド・ボームが登場して、量子の「経路」についての驚くべき理論が生まれる。「隠れた変数の理論」は、もともと量子力学の黎明期にフランスの貴公子ルイ・ド・ブロイが提唱したものだが、ボームは、ある意味、それを完成させたのである。ボームの理論に接したアインシュタインの反応、そしてアインシュタインの敵陣営の反応も興味深い。最後に、真打ちのジョン・スチュアート・ベルが颯爽と舞台のそでから登場する。アイルランドの労働者階級出身の天才物理学者は、量子の「経路」に関する論争に終止符を打つ定理を証明してしまう。
 いやあ、本の終わりに近づくと、もう、興奮するのなんのって。本当に歴史小説のクライマックスみたいなんだ、これが。あくまでも、知的アリーナでの戦いだけれど、手に汗握る展開になる。
 青木薫さんの翻訳もていねいで読みやすく、ちょっと非の打ち所がない。うーん、こんなに褒めてしまっていいのだろうか(笑)。騙されたと思って、本屋さんで手にとってみてください。それにしても、物理学者の議論って、惚れ惚れするほど格好いいですねぇ。知のアリーナのバトルロワイヤル。とくとご覧あれ。

 (たけうち・かおる サイエンス作家)

マンジット・クマール著/青木薫訳『量子革命 アインシュタインとボーア、偉大なる頭脳の激突』978-4-10-506431-0