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対談・鼎談

鏑木毅『アルプスを越えろ! 激走100マイル』刊行記念対談

「過酷」で「奇妙」なマラソン対決!

東京マラソンには出られない/20代より50代ランナーが強い/100マイル走って「見える」のは?

高野秀行 × 鏑木毅

なぜ走る? どこを走る? どうしてそんなにクセになる!? 160kmもの山道を走破する日本最強ランナーと、初マラソンがサハラ砂漠というノンフィクション作家が語り合ったら――。

東京マラソンには出られない

高野 刊行された『アルプスを越えろ! 激走100マイル――世界一過酷なトレイルラン』、読み終わってジョギングしちゃいましたよ。元気が出ますよね。

鏑木 ありがとうございます。サハラマラソンに出場した話を収めた『世にも奇妙なマラソン大会』(本の雑誌社刊)も、もう実話なんですかと思っちゃうくらい面白かったです。15kmまでしか走ったことがなかったのに、ぱっとエントリーしてしまう。僕は競技者なので、レースとなるときちっと準備するところ……。

高野 こんな適当にやらないですよね。

鏑木 それがかえって面白い。こんな風に楽しめたらなんていいんだろうと思いました。東京マラソンなんかで走ってみては?

高野 まずサハラに出ちゃうと、普通のに出る気がしなくなりますよね。変なマラソンには、世界中の変なマラソンに出た人が集まってくる。一日中平原を走って暗くなったら終わりというモンゴルのサンライズ・トゥー・サンセットマラソン、コース途中の応援はペンギンだけという南極マラソン……バカさ加減に心を打たれてしまうんです。

鏑木 仰る通りですね。僕も元々は箱根駅伝を目指して中学・高校・大学と進みましたが、結局出ることは叶わなかった。県庁勤めになってから山で走り始めた(トレイルランニング)ときに、気持ちがぶわーっと解放されることを知ったんです。四角四面の道路とは醍醐味が違う。

高野 楽しいですよね。

鏑木 モンブラン山を一周する100マイルレース(=160km、2009年に日本人最高の第3位をマーク)は過酷な一方で、遊びの部分もある。「今年のグランドジョラスの朝焼け、すごいね」なんて選手同士話をしながら走ります。

高野 そうなんですか。サハラマラソンのスタート前もジャンジャカお祭りみたいで、半分酔っ払ったみたいな状態のなか走り出していったんです。

鏑木 モンブランのレースでも、さすがに上位選手は多少ぴりぴりしていますが、人間がおおらかにならないと、160kmも走れない。もたないんです。

高野 160km走るだけでも苦しいのに、コースの登りが総計9600m。同じだけ下りがあって、下りがラクだというわけじゃない。まさに地獄ですよね。

鏑木 でも面白いもので、モンブランだと20何時間走れますが、皇居の周りを同じだけ走れといわれても無理なんです。山があって、地元の人たちが応援してくれて、「この先の景色は一体、どうなってるんだろう」と考えながら旅をする感覚が面白い。どこで開催されてもアスファルトと決まっているマラソンに対して、フィールドも空気感も違っています。

高野 サハラ砂漠は平坦で、きっと飽きると思ってたんですよ。でも走ってみたら同じところがまったくない。ふっかふかの綿埃みたいな砂があれば、ざらざらの砂、ごろごろする石もありました。

鏑木 山も同じです。それを足場が悪くて走りにくいと考えるか、変化があって楽しいと捉えるか。

20代より50代ランナーが強い

高野 この本を読んで一番すごいなと思ったのは、トレイルランは年を重ねても走れるということでした。鏑木さんは40歳を越えて世界のトップランナーですし、イタリアのマルコ・オルモ選手なんか58、59歳でモンブランのレースを連覇でしょう、ちょっと考えられない。

鏑木 それがこの競技の醍醐味でもあります。米国のランニングジャーナリストが書いているんですが、130kmから先を走るのは神の領域で、フィジカルよりメンタルな部分が大きい。僕自身そうなんですが、色んな方向から身体をストップさせようという力が働くときに、いかに心を騙してかわしていくかなんです。

高野 1か0かでなく、その間の状態をなんとかやりくりするということですね。

鏑木 レースというより自分との戦いで、ゴールするには「まだ走るか」「やめるか」の前者を選び続けるしかない。それには我慢強さとはちょっと違う、苦しい状況を楽しむ心の余裕が要ります。「これ本当は楽しいんじゃない?」と思える神経の持ち方が、経験を積むと分かってくる。

高野 それは自分を客観的に見なければできないことですね。僕の行く海外取材でもちょっと近いことがあります。『謎の独立国家ソマリランド』(2013年2月、本の雑誌社刊)の際もそうでしたが、最初トラブルやしんどいことが起きると、すごく緊迫する。まず息を止めて乗り越えようという発想になりますが、それはものすごく疲れる。全然終わりが見えないときには、いったん諦めるっていうのも必要になってきて。

鏑木 わかります、まさに同じですね。

高野 以前、中国からミャンマーを通ってインドにいたる西南シルクロードを辿ってみようとなって、2ヶ月間ジャングルを歩く羽目になりました。当初は車でと聞いていたのに、現地に行くと「車で行けるわけない」と。僕は革靴しか持ってなくて、ゲリラに靴をもらいました。道はあったりなかったりだし、密林や河原で寝る生活です。でも一定のつらい時期を過ぎて、今日一日無事に生きることだけを考えようっていうふうに思い始めると、ちょっとこう楽じゃないけど、リズムが取れるようになりました。

鏑木 そういう体験ってクセになりますよね。一般的に“人間界”では苦痛なこと、ないほうがいいと言われていることも一回味わってしまうと……。

高野 つらいけど生きてる実感があるんです。もうひとつすごく面白いなと思ったのは、トレイルランは体中の様々な筋肉を使うので、故障していてもカバーできるという話でした。対して舗装道路を走るのは、同じ筋肉しか使わないのでどこかが痛み出すと悪化するだけという。

鏑木 ある意味、ごまかしができるんですよね。路面は変わるし、登りにしても様々です。左足のアキレス腱が痛いときには足をちょっと外に出すとまぎれたり、お尻近くの筋肉を意識すると痛みがすっと消えたりします。

高野 それはごまかしじゃなくて、アスファルトを走るのが不自然なんですよ。自然の中を走るのが自然っていうのは当たり前なわけで、そのナチュラルさが人間の体に合ってるんでしょうね。

鏑木 走るというと舗装されたところを思い浮かべますが、それはここ100年程度の話で、いわゆる人類は何百万年と未舗装の地面を走ってきたわけですよね。ごまかしが利くとか楽しいと感じるのはそうした根源的なところから来ていると思うんです。

100マイル走って「見える」のは?

高野 日本で行われている100マイルレースは、鏑木さんが実行委員長を務めるウルトラトレイル・マウントフジだけですか?

鏑木 はい。去年の第1回大会の完走率は7割を越えていたんです(第2回大会は4月26〜28日開催)。参加者はほとんどが100マイル初心者でしたが、制限時間は48時間とたっぷりあるので、諦めなければなんとかなる。問題は睡眠をどうするかです。トップ選手は1晩寝ないだけですが、普通のランナーは2晩寝られないので、かなり厳しい。いかに短時間の仮眠で回復するかなんですが、面白いですよ。100kmを越えたエイド・ステーション(栄養補給のできる休憩所)で見ていると、人間がどんどん壊れていく。顔つきが違ってくるんですね。

高野 それでも走れるのがすごい。

鏑木 特に初めてだと、つらいのがそのまま加速していく恐怖に襲われますが、必ず回復する時がくる。回復、落ちる、回復、落ちるというのを繰り返しながらゴールへ向かうんです。だからすごくきつくなっても、「波がある」ことを受け止めて焦らずに対処することです。

高野 たぶん、慣れてない人は目の前のつらい状況に集中しすぎるんですよね。

鏑木 僕らはもう分かってるんで、レースでは「これは見せかけの地獄だ」「見せかけだ」と思って耐えていく。自分が思っている以上に身体も動くものなんです。

高野 僕も砂漠で、オレはすごいなじゃなくて、人間の身体はすごいなという気がしました。

  トレイルランを始めるのに、都内から行けるお勧めのコースはありますか?

鏑木 まず青梅駅の北側のトレイルですね。またちょっと遠いですが、三浦半島の葉山辺りはすごく面白い。気候が温暖なので、雰囲気はジャングルトレイルです。JR東逗子の駅からハイキングコースに入って、枝のように広がるトレイルをぐるぐる回ると一日経っても飽きません。標高も200m程度なので、迷っても大丈夫です。ただ、奥多摩でこれをやると結構やばいことになりますから、こちらは地図とコンパスが必携です。

高野 今年もモンブランには出ますか?

鏑木 ええ、8月の最終週です。でもいきなり出ると体がぶっ壊れますから、春先から色んなレースに出て体を慣らしていきます。高野さんもどうですか?

高野 実は興味があるのは、走りながら見るという幻覚です。前に会った人が、船を見たって言うんです。山の中にすごい立派な船があるんだっていう。細部まで良くできていて本物の船にしか見えないけど、でも一方でここに船があるわけがないと思っている自分もいる……。

鏑木 まさにそんな感じですよ。あれ、なんでこんなところにおばあさんが蹲(うずくま)っているんだろうみたいな。

高野 それ、本当に見えてるじゃないですか! ぜひ僕も走ってみたいです。

 (たかの・ひでゆき/かぶらき・つよし)

鏑木毅『アルプスを越えろ! 激走100マイル世界一過酷なトレイルラン』978-4-10-333741-6