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書評・エッセイ

鉄道と団地がうんだ、新しい戦後思想史

――原武史『レッドアローとスターハウス もうひとつの戦後思想史』

宇野重規

「鉄道」「天皇」「団地」などをキーワードに、次々と話題作を発表してきた著者であるが、その出発点はあくまで政治思想史研究である。その意味でいえば、本書はまさしく著者の多岐にわたる関心の集大成とでもよぶべき作品である。東京西部、特急レッドアローの走る西武沿線の団地に、なぜ共産党が主導する革新的な政治風土が生まれたのか。著者のしかけた壮大な知的パズルを読み解くうちに、読者は戦後政治思想史に対するまったく新しい切り口を手にすることになるだろう。
 戦後思想の転換点といえば、誰もが思いつくのが一九六八年である。新左翼学生によるこの大変動を境に政治の季節は去り、日本社会は保守化と消費社会への道を歩むようになったといわれる。しかし、このような定番の説明に著者は異を唱える。実際、新左翼による攻撃にもかかわらず、共産党は七二年の総選挙で結党以来最高の議席を獲得する。その中心は都市部の選挙区であったが、とくに新中間階級が多く移り住んだ多摩地域での伸張は著しかった。なかでも西武沿線の団地自治会は、共産党の大きな拠点となる。なぜか。
 著者は思いがけない発見から、本書の叙述をはじめる。かつて自らも住んだ西武沿線の団地を歩くうちに、その風景がやはり同じ沿線の全く別の場所と似ていることに気づいたのである。それはハンセン病患者の病院であった。戦後、空襲による被害を免れた農村が広がるこの沿線には、病院と団地が次々に建てられた。周囲の農村とは切り離された、同質的なコンクリートの建物(スターハウスと呼ばれる建物が象徴する)が並ぶ二つの場所にはどこか共通性があった。そこから著者の想像力はさらに飛躍する。すなわち、この西武沿線の団地は、ソ連時代に作られた集合団地とそっくりだというのである。
 戦争による荒廃を受けたソ連では、社会主義的な平等の理念に支えられて、多くの人々に住宅を供給するために団地が建設された。やはり戦争によって大きな被害を受けた東京でも、増大する都市人口を引き受けるために大型郊外団地が作られたが、その中心は西武沿線であった。両者が似たのはけっして偶然でない。しかし、これが意外な政治的帰結を生み出す。財産や知識、さらには世代という点で非常に同質性の高い住民は、通勤や子育てなどで共通の問題を抱えていた。これらを解決するために、住民はやがて自治会や運動を組織する能力を獲得していく。主役は女性たちであったが、その矛先は、沿線を支配する西武へと向けられた。
 ちなみに西武の総帥は、グループ内で「天皇」と呼ばれ、強烈な親米反ソの政治家としても知られる堤康次郎であった。そのような堤に率いられる西武が作った団地を舞台に、共産党が勢力を伸ばし、ついには堤がディズニーランドを目指して開発したレジャーランドのすぐ隣りで「アカハタ祭り」が大規模に開催されるに至ったというのは、歴史の皮肉である。
 しかし、ここに著者は大きな問題提起を行う。私たちの抱く政治思想は、実は思っている以上に、暮らしている住まいの形態によって規定されているのではないか。少なくとも東京の西部郊外に即していえば、住民意識というのは、行政区域よりもむしろ鉄道沿線ごとに形成されているのではないか。実際、著者が指摘するように、今日でもなお、西武沿線と東急沿線、さらに中央沿線では、政治意識に違いがあるように思われる。その意味で、共産党の支持基盤となった西武沿線(団地中心)の人口が減少・高齢化したのに対し、新自由主義が支持基盤とする東急沿線(一戸建て中心)の人口が増加していることは、この数十年の日本の政治地図の変化を説明するかもしれない。
 それにしても本書を通じて印象的なのは、著者の西武沿線の団地に対す愛憎半ばする態度である。前著『滝山コミューン一九七四』と同様、著者はこの地域にかつて存在した独特な雰囲気に対する違和を隠さない。とはいえ同時に、著者の叙述からは、この場所を舞台に展開されたかつての住民運動への共感も読みとれる。多様な読み方に開かれた本である。

(うの・しげき 東京大学社会科学研究所教授)

原武史『レッドアローとスターハウス もうひとつの戦後思想史』978-4-10-332841-4