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インタビュー

刊行記念インタビュー

旅と恋をめぐる六つの物語

『犬とハモニカ』 江國香織

――川端康成文学賞受賞、おめでとうございます。受賞作「犬とハモニカ」を収録した短編集『犬とハモニカ』が刊行になります。「犬とハモニカ」は空港の国際線到着ロビーを舞台に、行き交う人々のドラマを鮮やかにすくい取り、選考会で絶賛されました。この作品に取り掛かられたきっかけをお話しいただけますか?

江國 「犬とハモニカ」は、去年「新潮」の『文學アジア3×2×4』という、日本、韓国、中国の三文芸誌によるプロジェクトに、「旅」というテーマをあたえられて書いた小説でした。韓国と中国という外国の、自分では読めない言葉で構成された文芸誌にも掲載される、ということにわくわくし、同時に緊張もしながら書きました。

 私は空港という場所が好きで、二十代のころにはよく一人で遊びに行っていました。どこにも旅行に行かないのに、リムジンバスに乗ってわざわざ成田空港まで。旅に行く人や、帰ってきた人を眺めているのが好きだったんです。役に立つとは思ってもみませんでしたが、あのときの“感じ”がとても役に立ちました。

――「寝室」、「おそ夏のゆうぐれ」、「ピクニック」は恋愛小説と呼んでよいでしょうか。恋人たちの甘美な時間が描かれ、切実な感情が強く伝わってきます。どの恋人たちもとても率直なことに感動します。

江國 率直……。そうですね、率直ですね。気がつきませんでした。三編とも、時間と、それに伴う変化を書きました。終焉、変化、変質。避けられないことならば、受け容れるしかない。たぶん私はそれを書きたかったのだと思う。受け容れる、ということ、それぞれの受け容れかた。人も恋も儚いですが、同時に感動的に強い。流れに逆らうから強いのではなくて、流れていくから強いのだと思います。

――「夕顔」は「源氏物語」を訳されたものですが、江國さんの言葉で読むと、江國さんの恋愛小説にとても馴染んでいて、びっくりしました。

江國 ありがとうございます。六人の作家が源氏物語の現代語訳を競作する、という「新潮」の企画で書いた一編です。紫式部という平安時代の小説家の自由すぎるほど自由なスピリットに、訳しながら直接触れられてたのしかった。ビビッドな物語だなあと思います。短編集にこれが入ることによって、読者がより遠くまで行ってくれたら嬉しいです。

――「アレンテージョ」にはポルトガルの意外な風景が描かれていて、魅了されました。人との出会いと同様に光景との出会いも旅ならではのものですね。

江國 はい。ほんとうですね。普段私は取材というものをあまりしないのですが、これは、実際に行ってみなければ書けなかった小説でした。場所があって、人々がいて、時間が流れれば物語が発生しますから、土地というのは強い味方です。勿論フィクションですが、あのおばあさんたちは実在します。何軒かのレストランも、風景も、倒れるほど甘いお菓子も。トースターからパンを出せなくなった女性も、朝食のとき、ホテルで実際に目撃したんです。そういう小さなあれこれを、織り込んで書くのはたのしかった。

――江國さんにとって、短編とはどのようなものでしょう?

江國 私は、短編小説というのはつくるというより発生するものだと感じています。ある日忽然と発生、もしくは出現するもの。勿論、実際には一字ずつ書いているわけですが、それでも、どうしても、自分がつくったとは感じられません。できあがったとき、だからいつもびっくりします。長編小説のときにはびっくりしません。それが短編と長編の、私にとってはいちばん大きい違いかな。

 それから、今回の短編集の六編は、全部旅に似ていると思います。旅がでてくる四編だけじゃなく、でてこない二編も。

 短編は書くのが難しいですが、そのぶん書き甲斐があって好きです。びっくりが待っていてくれるし。

 (えくに・かおり 作家)

江國香織『犬とハモニカ』978-4-10-380809-1