対談・鼎談

2012年7月号掲載

穂村弘・山田航『世界中が夕焼け 穂村弘の短歌の秘密』刊行記念鼎談

「短歌の秘密」を楽しむために

北村薫 × 藤原龍一郎 × 穂村弘

穂村弘の新刊の新しさ/北村薫の「うた合わせ」の面白さ 現代短歌のおすすめ歌集

対象書籍名:『世界中が夕焼け 穂村弘の短歌の秘密』
対象著者:穂村弘・山田航
対象書籍ISBN:978-4-10-457402-5

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(右より、穂村弘氏、北村薫氏、藤原龍一郎氏 新潮社クラブにて)

 

穂村弘の新刊の新しさ

藤原 歌人が自作を解釈する本はたくさんあり、先人の歌を解釈するものも多いんですが、この本は、その二つを融合した、おそらく初めての形の本です。

北村 そこが面白い。作者の穂村さんの出具合が絶妙で、見事だと思います。

《校庭の地ならし用のローラーに座れば世界中が夕焼け》という表題にもなってる短歌のことでいうと、流れとしてわかる歌ですが、穂村さんの自解によると、これは、すでにもう地ならしされたところに下りられなくなった、というイメージなんだと。そういうことは作者にしか言えない。ああ、これは、龍安寺の庭の石に座れば、なのか、へぇー、という発見の面白さがありました。一方、歌について語っていないところもあります。その具合が非常に面白かった。あまり言い過ぎない、その加減が。

穂村 自歌自註ってやっぱり危険なジャンルなんですよね、作者だということで正解であるかのように見えてしまう。でも、あとがきに書きましたが、実作の瞬間って、散文もそうですが、韻文は特にその言葉と心がスパークする瞬間があって、何が起きたのかってことは自分でもよく説明できないんです。読者として読んでも、作品がよりよく見える自註自解は少なくて、種明かしされて、がっかりするケースのほうが多かったので、それを心配する気持ちが強かったんです。

北村 山田さんの評が先なんですよね。

穂村 山田さんがご自身のブログで「穂村弘百首鑑賞」というのを連載していて、その読みを見ると、断定しているんですよ。作者何するものぞ、という強気な読みだったので、僕は自分の歌にそこまで接近しなくても、その周りをクルクル回るぐらいでいいのでは、と思いました。

藤原 これが自選だったらまた全然違いますよね。

穂村 全然変わるでしょう。そもそも最初に山田さんが選んで書いた百首から、僕がコメントしたいものを五十首選んだんです。それでやってみたら代表歌みたいなものが入らなくて(笑)、選んで加えたりもしたんですけど。

藤原 穂村さんの歌を選んでいる山田航さんはご自身も歌人で、熱心な短歌読者ですよね。彼のブログ「トナカイ語研究日誌」には穂村弘百首の他に、現代の歌人の歌を二百人近くとりあげています。

穂村 そうなんです。歌集を入手するのも難しいのに一体どうやってこれだけの歌集を読んだのか、と驚きました。彼の勤勉さには並々ならぬものがありますね。機械的作業に耐え抜く力がある。読んでいて、この人はきっと大物になるに違いない、と。

北村 この本の作り方として、山田さんの評の前により大きな活字で1ページを使って穂村さんの短歌を入れています。これがまた読みやすいですね、作りとして非常にキャッチーです。

穂村 経験的に歌集とか句集に短歌や俳句だけが三百とか並んでいると、あの圧力は、慣れてない人にとってはほぼ手が出ない感じらしいんです。だから歌をぎっちり詰めない方がいいと思いました。

藤原 この本では山田さんの読みの自由度が非常に高くて、自分のイマジネーションのワンダーランドで遊ぶということが存分になされてると思うんです。山田さんも快楽を感じて書いていますね。

北村 そういう読み手がいるってことはありがたいことですね。

藤原 そうですね、新しい歌人の作品を短歌として咀嚼している山田さんの評、そこにプラスアルファで、本人が、その山田評に刺激されるように自在にコメントを書いている。それが面白いんですよね。この三部構成が、今までにない空間を作っていて、私は読み始めてどんどん熱中していってもっと読みたかった(笑)。この本には全部で穂村さんの短歌は百二十一、入っているんですが、私のように短歌に何十年馴染んでる者には、大体頭に入っている歌なんです。それに関して、穂村さんの語りがあることで、さらに発見があるし、短歌を読み慣れてない人に対しては、やっぱり韻文の解釈は一つじゃなくて、あなたの感じたように読んでかまわないんだってことを教えてくれる。

穂村 それが重要なんですよね。

藤原 短歌の読み方に正解はないことがわかるのもこの本の面白さです。

穂村 どうもプロはみんな同じ読みに到達するって思われているらしいけれど、読者はみんな自分の読みで読んでいいんだということを伝えたい。

北村 「読む」とはそういうことです。

藤原 この本はそういうことも含めて、短歌というものの面白さを伝えてくれています。

穂村 それと、その歌を作った時点で絶対的にわかっていなかったことというのがあって例えば山田評に「バブル的な感性で書かれている」とある。たしかにあの頃はバブルという言葉で表された時期だったけれど、それが後年はじけて、そのあと全然違う世界が来るということは作歌当時はわからなかったわけです。だから、自分の感受性がその時代に結びついた限定的なもので、そのあと全然違う世界でそれが読まれるなんてまったく予測していなかったので、そういう意外性、本人にとってもわからないことっていうのがあります。

北村 「ブーフーウー」という言葉の入った歌がありますね。いま二十代の山田さんは「ブーフーウー」を知らない。この三人は三匹の子豚だと知っている……

藤原 ええ、もちろんそれは(笑)。

北村 だから「ブーフーウー」のブーじゃなくて、ウーなんだ、というのが……

藤原 わかります。頑張り屋ですね。

穂村 「ブーフーウー」が通じなくなる世界がこんなにすぐ来るって思ってなかったんですよ。「ドラえもん」が通じるように「ブーフーウー」は確固たるものに思えたんです、一九八〇年代の時点では。だけど、「ブーフーウー」を今の若い人は知らない。

北村 ある時代には、日本人が一番よく知ってる歌って『青い山脈』だったらしいけれど、今の若い人は知らないでしょう(笑)。そんなふうに共通の基盤は持てなくなる。その言葉を知らないってことは感性の問題に大きく関わってくるわけです。だから逆に言えば、まるっきり作者が思いもよらないような解釈がそういうところからも起こりうるわけです。

藤原 その解釈、というのが、この本の面白さの一つです。そしてそれに対して、歌人本人が、リアルタイムで答えているってことがまた面白い。これは、穂村さんが五十歳の今だからこそできる。さらに年を重ねて、二十年後とかだったら、また全然違う内容になっていると思います。今だからこその反応、がある。穂村さんの語りの長さはまちまちで、それは山田航さんの歌の読みが穂村さんを刺激したってことですよね。この歌は本当は好きじゃない、とはっきり書いている歌もあります。どの歌が注目されて人に知られていくかは作者は選ぶことができない。これも短歌の運命ですよね。

穂村 宿命ですね。

藤原 誰もが作者の意図したそのままに理解してくれるわけではない。

北村 それもこの形式の面白さですね。「穂村弘の短歌を読む」というまえがきで山田さんが、〈情報の解凍が読者の側に委ねられていることが短歌の「読みづらさ」〉と書いていて、そうだろうと思うんですけど、それに続けて、そのあとに〈穂村弘が書いてきたエッセイはすべて、自らの短歌に対する膨大な注釈である〉と。こう山田さんに言われると、ああ、そうなんだろうな、という説得力がありますね。

穂村 断定的ですよね、まえがきも(笑)。

北村 この二人の取り合わせがよかったということですね。山田さんには山田さんの解釈があって、非常にスリルがある。読解の本質というのはそういうもので、それが小気味よかったりします。

藤原 この本でもやはり穂村さんが思う通りの解釈ではないものもあると思います。それでも、やっぱり面白い。例えば塚本邦雄の『茂吉秀歌「赤光」百首』は名著なんですが、仮に斎藤茂吉が生きていて、この塚本さんの読解に対して穂村さんのように自分でコメントを書いたら、ものすごい本になる……

穂村 ああ、読みたいですねえ。

藤原 歌人なら誰でも読みたいですよ。

北村 恐山に行かないとね(笑)。

北村薫の「うた合わせ」の面白さ

穂村 北村さんの小説新潮の連載「うた合わせ」での、藤原さんの歌の《散華》の読みは素晴らしかったですね。〈散華とはついにかえらぬあの春の岡田有希子のことなのだろう〉の歌の解釈。歌人プロパーだと、なんとなく「固有名詞の藤原調」と漠然と捉えていますが、何がどこが藤原調たる所以なのかってことを初めて明確に言語化された気がしました。

藤原 ここまで考えを巡らせていただいたのは初めてです。読み手によって作り手が目を開かれるということですね。その実体験でした。

穂村 最初に固有名詞のことが書かれて、「しかしわたしは、ここにある別の言葉にも《時》を感じる。《散華》だ」ってところで、こうドキッとしますよね。そのあとに非常に精密な論の展開があってすごい快感ですよね、これは。

藤原 そこが魅力なんですよね。三ページの連載ですが、長く楽しめて、解釈を味わいながら読める文章です。

穂村 圧縮性があるんですね。情報量がものすごい。これ全部を知ってる人なんて北村さんしかいないから、必ず何か一つは目を開かれます。

現代短歌のおすすめ歌集

北村 短歌は面白いので、多くの人に読んでほしいのです。それで今回、穂村さん、藤原さんに現代の歌人の歌集で、おすすめの五冊を選んで教えていただきたい、とお願いしました。その歌集から五首を引き、推薦の言葉と合わせて書店用の小冊子を作成します。その歌集を短歌コーナーに置いていただきたい、と。

藤原 歌集がちゃんと売れて、読まれて欲しい。穂村さんの歌集とか現代歌集が新潮文庫に入ってほしいですよ。

穂村 現代の名歌集が、文庫で読めるという時代が来てほしいですね。


★藤原龍一郎 選/光森裕樹『鈴を産むひばり』、柳澤美晴『一匙の海』、中地俊夫『覚えてゐるか』、今野寿美『雪占』、横山未来子『金の雨』

★穂村弘 選/光森裕樹『鈴を産むひばり』、永井祐『日本の中でたのしく暮らす』、笹井宏之『てんとろり』『えーえんとくちから』、雪舟えま『たんぽるぽる』、平岡あみ『ともだちは実はひとりだけなんです』


 (きたむら・かおる 作家/ふじわら・りゅういちろう 歌人/ほむら・ひろし 歌人)

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